59)メラトニンはミトコンドリアを保護して感染症に対する抵抗力を高める
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術59
ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。
【免疫力が低下していると感染症が重症化しやすい】
感染症に対する治療は、病原体を選択的かつ特効的に死滅させる薬の使用が主体です。つまり、細菌に対しては抗生物質を使い、ウイルス感染症に対しては抗ウイルス剤を使います。しかし、抗生物質や抗ウイルス剤が十分に効かない感染症も多く存在します。このような感染症に対しては、体に備わった免疫力に頼るしかありません。
若くて体力や抵抗力のある人は、風邪やインフルエンザや新型コロナウイルスに感染しても軽症ですみ、多くは1週間程度で治癒します。これは、感染症に対する防御力や抵抗力や治癒力があるためです。ウイルスに感染すると、最終的には抗体ができてウイルスを完全に排除します。
ウイルスに対する抗体や細胞性免疫をあらかじめ作り出すのがワクチンです。ワクチンを接種しておけば、ウイルスに対する免疫応答が速やかに発動して、ウイルスが感染しても初期の段階でウイルスを排除するので、重症化を防げます。しかし、免疫力が低下し栄養不足があると、ワクチンによる予防効果も減弱します。
ワクチンは、試験問題を事前に知ってから試験に臨むのと似ています。問題を知って答えを前もっと考えておくと、試験会場ですぐに答えを書くことができます。しかし、事前に答えを勉強していても、物忘れが酷くて試験場で答えを思い出せなければ、問題を前もって知っていたことの意味がなくなります。同様に、免疫力が低下していると新型コロナウイルスのワクチンを何回接種していてもウイルスに感染して重症化することを防げません。
ワクチンを接種したから安心ではなく、日頃から栄養状態を良くし、免疫力を低下させない注意が必要です。栄養不足の他にも、睡眠不足や運動不足や精神的・肉体的ストレスなども免疫力を低下させます。免疫力を高めるサプリメントとしてメラトニンが注目されています。
【メラトニンは体内時計を制御する】
メラトニンは1958年に牛の脳の松果体から単離され、1959年に構造がN-アセチル-5-トリプタミン(N-acetyl-5-methoxytryptamine)と決定された松果体ホルモンです。睡眠覚醒サイクルなどの概日リズム調節に重要な役割を果たしています。
生体の生理機能は昼夜常に同じ状態を保っているわけではなく、ほぼ1日を周期として変動する概日リズム(サーカディアンリズム)が存在します。私達の体の中(脳)にはいわゆる『体内時計』があり、昼夜サイクルの時間を刻みながら、体の多くの機能に活動と休息のリズムを与えています。これをサーカディアンリズム(circadian rhythm)と言います。ラテン語で「サーカ」は「約」、「ディアン」は「1日」という意味で、日本語では「概日リズム」と言います。
松果体は脳のほぼ真ん中にある松かさに似たトウモロコシ1粒くらいの大きさの器官です。
夜暗くなると松果体からメラトニンが分泌され始め、血中のメラトニンが増えると睡魔が襲ってきます。そして、生体リズムは睡眠や体息に適したものに調整されます。
朝、太陽光線が目に入ると、松果体にその刺激が伝わりメラトニンの分泌が抑制されます。 これによって覚醒スイッチがONとなり、諸々の生体機能は昼間の活動に適応した状態になります(下図)。
図:メラトニンは脳の松果体から分泌される(①)。夕方になって暗くなると松果体からメラトニンの産生が始まる(②)。夜間にメラトニンの血中濃度が上昇し、真夜中(午前2時から5時ころ)にピークに達する(③)。夜間のメラトニンの濃度は日中の5〜10倍に達する。メラトニンは分泌開始から10~12時間で分泌を中止し、急激に血中濃度が低下し、午前7時ころに最低になって覚醒する(④)。
メラトニンの原料は必須アミノ酸のトリプトファンです。トリプトファンに2種類の酵素が働いてセロトニンに変わります(トリプトファン → 5-ヒドロキシトリプトファン → セロトニン)。
セロトニンは神経細胞と神経細胞のつなぎ目(シナプス)で情報伝達の役目をする神経伝達物質の一つです。このセロトニンに2種類の酵素が働いてメラトニンが合成されます(セロトニン → N-アセチルセロトニン → メラトニン)。
セロトニン → メラトニンという段階は、体内時計(視交叉上核)からの指令が来ないとスタートしない仕組みになっています。すなわち、目から入った光の情報は視神経と通って脳にある視交叉上核に伝えられ、さらに神経によって交感神経の上頸神経節を経由して松果体に連絡が入ってメラトニンの合成が制御されます。
松果体に分布する交感神経は夜間興奮して多量のノルアドレナリンを放出し、それによって松果体細胞のメラトニン代謝に関与する酵素の一つ、N‐アセチルトランスフェラーゼの生成が促進される結果、松果体は夜間多量のメラトニンを産生放出します。視交叉上核が体内時計の中枢です。 つまり、メラトニンの合成は夜間に網膜に光刺激が入らなくなると促進され、網膜に光刺激が入ると阻害されるのです。
図:視床下部の視交叉上核(①)から出た神経繊維はいくつかのニューロン連鎖ののち交感神経の上頸神経節(②)に達し,その節後繊維は松果体(③)に分布する。松果体の交感神経から放出されるノルアドレナリンはメラトニン合成に関与する酵素の一つのN‐アセチルトランスフェラーゼの生成が促進し、多量のメラトニンを産生放出する(④)。この経路は網膜に光刺激が入ると阻害される(⑤)。夜間に網膜に光刺激が入らなくなるとメラトニンの合成が刺激される。
メラトニンは子供の頃は多量に分泌されますが、思春期をすぎると急激に分泌量が減り、年齢とともにさらに減っていきます。子供は夜になると自然に眠り、年寄りは睡眠時間が短くなって不眠症や時差ボケになりやすいのは、メラトニンの量が少ないからだという考えもあります。
メラトニンの体内量が増えれば若返られるのではという議論が起き、マウスで実験したところ30%くらいの寿命が伸びるというデータが出ました。他にもぼけ防止やがん予防効果などの作用が認められ、アメリカでは抗老化ホルモンとしてブームになりました。
メラトニンは、ヒトにおいて、睡眠誘導や日内リズムの制御、抗酸化作用、抗炎症作用、免疫調節、生体防御、神経細胞保護、発がん予防やがん細胞の増殖抑制作用など多彩な作用を発揮します。
【メラトニンはユニークな性質を有する最強の抗酸化物質】
メラトニンの抗酸化作用が指摘されたのは1993年です。メラトニンがヒドロキシル・ラジカルの強力な内因性の消去物質であることが以下の論文で報告されました。
その後多くの研究で、メラトニンが生物最古の抗酸化物質であること、他の抗酸化物質と異なるユニークな性質を有することが明らかになっています。
メラトニンは細菌や藍藻から、真菌や線虫や昆虫や植物やヒトまでほとんどの生物に存在しています。生物が酸素を利用するようになった25億年前から存在していることが指摘されています。
約25億年前に光合成を行うシアノバクテリアが出現し、地球上の大気に酸素の量が増え、酸素を使ってエネルギーを産生する好気性細菌が出現します。このようにして生物が酸素を利用するようになったとき、発生する活性酸素の害を消去する目的でメラトニンが生成されるようになったと考えられています。つまり、メラトニンは生物最古の抗酸化剤です。
そして、生物の進化の過程で、抗酸化作用以外の様々な機能(概日リズムの制御、免疫調節など)を新たに獲得して生物に利用されています。
抗酸化物質としてはビタミンCやビタミンE、グルタチオンなどよりも強力で生物学的に有用な性質を持っています。
通常の抗酸化物質は1分子が1分子のフリーラジカルを消去するのに、メラトニンは1分子が10分子くらいのフリーラジカルを消去します。これは、メラトニンがフリーラジカルと反応して生成する産物が、さらにフリーラジカル消去活性を示すというカスケード反応を示すからです。
メラトニンは、ヒドロキシルラジカル(HO·)、過酸化水素(H2O2)、スーパーオキシド・アニオン(O2-)などの活性酸素、一酸化窒素(NO)やパーオキシナイトライト(ONOO-)などの一酸化窒素ラジカルを消去します。
そして、これらのフリーラジカルと反応して生成するcyclic 3‐hydroxymelatonin (C‐3HOM) 、N1‐acetyl‐N2‐formyl‐5‐methoxy‐knuramine (AFMK), N‐acetyl‐5‐methoxy‐knuramine (AMK)などもフリーラジカル消去活性を有します。 C‐3HOM や AMK はメラトニンよりもフリーラジカル消去活性が強いと言われています。
このようなカスケード反応によって、メラトニン1分子は10分子程度のフリーラジカルを消去することができます。
つまり、活性酸素や一酸化窒素ラジカルや脂質ラジカルなどのフリーラジカルと反応して生成されたメラトニン代謝産物がさらにフリーラジカル消去活性を持つのです。これをメラトニンカスケードと言います。
メラトニンは太古に発生した単細胞生物から現代の哺乳類や高等植物までの全ての生物において、生物を酸化ストレスから守る生体物質と言えます。
図:メラトニンとその代謝産物によるフリーラジカル消去のカスケード反応(cascade reaction)。R・はフリーラジカルでRHは還元された物質を示す。メラトニンとフリーラジカルが反応してできた代謝産物もフリーラジカル消去活性を持つ。したがって、1分子のメラトニンは10分子におよぶフリーラジカルを消去できる。
AMCC: 3-acetamidomethyl-6-methoxycinnolinone
AMNK: N1-acetyl-5-methoxy-3-nitrokynuramine
(参考:Molecules. 2015 Oct 16;20(10):18886-906. )
【メラトニンはミトコンドリアを酸化障害から保護する】
地球が誕生したのは約46億年前です。その地球に最初の生命が出現するのは、8億年後の今から約38億年前です。最初の生物は、はっきりした核を持たない(核膜をもった核が無い)原核生物です。これらの生物は、 海の中を漂う有機物を利用し、酸素を使わずに生息していました。
約25億年前に光合成を行う藍藻(シアノバクテリア)が登場します。
それまで地球上には酸素は存在しませんでしたが、そこに、太陽光エネルギーで無機物である二酸化炭素と水からグルコース(ブドウ糖)などの有機物を作り出し、酸素を放出するという光合成を行う真正細菌のシアノバクテリアが出現しました。
それまで無酸素状態だった地球大気に大量の酸素分子が放出され、嫌気性生物の多くが絶滅し、酸素を利用した呼吸をする微生物(α-プロテオバクテリア)も誕生しました。
真核細胞の葉緑体やミトコンドリアは、ある種の細菌が原始真核細胞に取り込まれて共生するようになって形成されたと考えられています。これを「細胞内共生説」と言います。
光合成を行うシアノバクテリアが原始真核生物と共生して葉緑体となりました。葉緑体は植物に存在する細胞内小器官です。光合成が主要な機能ですが、その他に窒素代謝、アミノ酸合成、脂質合成、色素合成など、植物細胞における代謝の中心となっています。
酸素を用いて呼吸を行うα-プロテオバクテリアが原始真核生物に共生してミトコンドリアになったと考えられています。
このような考えは,葉緑体やミトコンドリアが細胞の中で分裂して増殖することや、独自のDNA を持っていることが明らかにされ、定説となっています。
原始真核生物はシアノバクテリアやα-プロテオバクテリアを餌として捕食していたのですが、そのうちに寄生して細胞内小器官へと進化し、共生するようになったと考えられています。(下図)
図:約20億年前に好気性細菌のα-プロテオバクテリアが原始真核細胞に寄生してミトコンドリアになったと考えられている。嫌気性の原始真核生物はα-プロテオバクテリアを餌として捕食していたが、そのうちに寄生して細胞内小器官(ミトコンドリ)へと進化し、共生するようになったと考えられている。これを細胞内共生説と言う。 同様に、光合成細菌(シアノバクテリア)が細胞内共生して葉緑体になった。
ミトコンドリアや葉緑体においてもメラトニンが合成されています。これもミトコンドリアや葉緑体が酸素を利用する過程で発生する活性酸素を消去して、細胞を酸化障害から防ぐためです。メラトニンは非常に強い抗酸化作用を有しています。
動物においても、メラトニンはミトコンドリアで合成されて、ミトコンドリアで発生する活性酸素の消去において重要な働きを担っています。最近は、メラトニンがミトコンドリアで合成されることの重要性が議論されています。以下のような論文があります。
【要旨】
メラトニンは古代の抗酸化物質である。バクテリア(細菌)での最初の発達の後、それは進化を通して保持されたので、存在したすべての種において存在する可能性が高い。生物進化による種の多様化を通じて維持されてきたにもかかわらず、メラトニンの化学構造は決して変化していない。したがって、現在生きている人間に存在するメラトニンは、数十億年にわたって地球上に存在しているシアノバクテリアに存在するものと同一である。
哺乳類の全身循環中のメラトニンは、細胞が酸化ストレスの高い状態にある場合、細胞による取り込みのために、血液から急速に消失する。
メラトニンの細胞内分布の測定は、ミトコンドリア内のメラトニンの濃度が血液内の濃度を大きく上回ることを示している。メラトニンは、おそらくオリゴペプチド輸送体のPEPT1およびPEPT2を介してミトコンドリアに入る。したがって、メラトニンはミトコンドリアにおける最強の抗酸化剤として機能すると思われる。血液中から取り込まれることに加えて、メラトニンはミトコンドリアでも生成される可能性がある。
進化の過程で、ミトコンドリアはメラトニン形成細菌が祖先の原核生物によって食物として飲み込まれたときに発生した可能性がある。時間がたつにつれて、飲み込まれた細菌はミトコンドリアに進化した。これは、ミトコンドリア起源の細胞内共生説として知られている。
細胞内で共生した後も、ミトコンドリアはメラトニンを合成する能力を保持した。したがって、メラトニンは血液中からミトコンドリアに取り込まれるだけでなく、ミトコンドリアは、他の多くの機能に加えて、おそらくメラトニンも生成している。メラトニンが高濃度に存在することと、メラトニンの抗酸化物質としての複数の作用は、大量のフリーラジカルにさらされているミトコンドリアに強力な抗酸化保護を提供している。
酸素を使ってエネルギーを産生する好気性細菌は、自身でメラトニンを産生し、活性酸素によるダメージを防いでいます。そして、好気性細菌を祖先にもつミトコンドリアは、活性酸素によるダメージを防ぐ目的でメラトニンを産生し、使用しているということです。
【メラトニンは免疫力を高める】
松果体と免疫系との関係が最初に指摘されたのは1926年です。猫に松果体抽出エキスを投与すると免疫システムが活性化することが報告されています。1970年代には、マウスの動物実験でメラトニンを産生する松果体を切除すると、胸腺の重量が減少し、胸腺のリンパ球の増殖が停止するなど免疫系の働きが顕著に低下することが報告されています。松果体はメラトニンを産生する器官です。
1980年代後半から、メラトニンが免疫細胞に直接作用することが報告されています。その作用メカニズムは、免疫細胞におけるメラトニン受容体の分布の解析から解明されています。リンパ球にメラトニン受容体が存在することは1992年に報告されています。胸腺や脾臓やリンパ節など免疫組織においてメラトニン受容体が発現していることが確認されています。
Tリンパ球や単球の表面にメラトニン受容体があり、メラトニンはこの受容体を介してリンパ球や単球を刺激して、インターフェロンγ(IFN-γ)やインターロイキン(IL)1,2,6,12などの免疫反応を増強するサイトカイの分泌を促進する作用があります。これらのサイトカインは病原菌やがん細胞に対する細胞応答を増強します。
メラトニンはリンパ球内のグルタチオンの産生を増やしてリンパ球の働きを高める効果が報告されています。メラトニンは免疫細胞を活性化するだけでなく、活性酸素によるダメージからリンパ球や単球を保護する効果もあります。この効果はメラトニンの抗酸化作用が関与しています。メラトニンはストレスによる免疫力の低下を抑え、感染症に対する抵抗力を高める効果が動物実験で示されています。
【新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の補助療法としてのメラトニン】
新型コロナウイルス感染症のCOVID-19(Coronavirus Disease 2019)はコロナウイルスのSARS-CoV-2(Severe Acute Respiratory Syndrome CoronaVirus 2)の感染によって発症します。
新型コロナウイルスは肺炎を発症して重症化しなければ、普通の風邪やインフルエンザと同じように自然に治癒します。つまり、重症化することを防げれば、新型コロナウイルスは怖くはありません。しかし、免疫力の低下した高齢者や基礎疾患をもった人は重症化し、死亡することもあります。
メラトニンがウイルス感染症や敗血症に有効であることは多くの研究で明らかになっています。
当然、新型コロナウイルス感染症に対するメラトニンの使用に対する可能性を指摘する論文も発表されています。例えば、以下のような総説論文があります。
【要旨の抜粋】
この論文では、COVID-19の症状軽減におけるメラトニンの可能性のある利点をまとめている。
他のコロナウイルスや病原体によって引き起こされる急性呼吸器疾患の臨床的特徴、病理や病因の知識に基づくと、COVID-19の病態には、過剰な炎症と酸化傷害と誇張された(過剰な)免疫反応が寄与している可能性が示唆されている。これは、サイトカインストーム(cytokine storm)を引き起こし、それに続いて、急性肺損傷(Acute lung injury)/急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome : ARDS)へと進行し、そしてしばしば死につながる。
メラトニンは抗炎症作用と抗酸化作用を有し、ウイルスや他の病原体によって引き起こされる急性肺損傷や急性呼吸窮迫症候群の症状を抑制する。
メラトニンは、血管透過性を抑制し、不安感や鎮静剤の使用を減らし、睡眠の質を改善することにより、重症患者の治療に有益である。これは、COVID-19患者の臨床転帰の改善にも役立つ。
特に重要なことは、メラトニンは極めて安全性が高い。メラトニンがウイルス関連疾患を抑制し、COVID-19患者にも有益である可能性が高いことを示す十分なデータがある。この推測を確認するには、追加の実験と臨床研究が必要である。
この総説論文では、メラトニンがウイルス感染症に有効であることを示す動物実験の結果などをまとめています。メラトニンがCOVID-19の重症化の予防に効果が期待できる可能性と、そのメカニズムとして「サイトカインストーム」の発生を予防する可能性があることを指摘しています。
【メラトニンは敗血症性ショックの治療に有効】
敗血症とは感染に起因する全身症状を伴った症候です。敗血症は感染に起因するものですが,防御システムの過剰反応による生体内ネットワークの破綻が主体 であり、いわゆるサイトカインストームと呼ばれる著しい炎症性メディエータ産生や炎症細胞活性化などによる多臓器障害や循環動態の破綻が起こります。
臓器障害や組織の低灌流を伴うものを重症敗血症、適切な輸液蘇生にもかかわらず低血圧が持続するものを敗血症性ショックと定義されています。敗血症性ショックでは、組織の血液灌流が危機的に減少するため、肺や腎臓や肝臓をはじめとする急性多臓器不全が起こる場合もあり、死に至る危険があります。
このような敗血症や敗血症性ショックの予防や治療にメラトニンが役立つ可能性が報告されています。以下のような論文があります。
【要旨の抜粋】
敗血症は、重病患者の死亡の主な原因であり、感染に対する宿主の反応の結果として発症する。
ミトコンドリアは、炎症と敗血症性ショックに関連する細胞内イベントで中心的な役割を果たす。
敗血症の分子機構に関する現在の仮説の1つは、ミトコンドリア一酸化窒素合成酵素(mtNOS)による一酸化窒素(NO)の生成の増加が、過剰なペルオキシ亜硝酸(ONOO-)の生成とタンパク質のニトロ化を引き起こし、ミトコンドリアの機能を損なうことである。
メラトニンは、動物と人間の両方の研究において、重度の敗血症/ショックの症状に対する保護効果を十分に実証しており、重度に敗血症ショックにおける生存率を大幅に向上する。
メラトニンの投与は、mtNOS誘導と呼吸鎖不全を阻止し、細胞およびミトコンドリアの酸化還元状態を正常に回復し、炎症性サイトカインの産生を減少させる。
メラトニンは明らかに実験的敗血症における多臓器不全、循環不全、ミトコンドリア損傷を防ぎ、ヒト新生児における脂質過酸化、炎症の指標および死亡率を低下させる。
メラトニンのこれらの効果と毒性の実質的欠如を考慮すると、ミトコンドリアの生体エネルギーを保護するため、ならびに炎症反応および酸化的損傷を抑制するためのメラトニンの使用(標準治療と併用して)は、敗血症の新生児および成人の両方における治療選択肢として真剣に考慮されるべきである。
敗血症ショックでは多くの細胞のミトコンドリア機能の破綻が重要です。メラトニンはミトコンドリアで産生され、ミトコンドリの酸化ストレスの軽減に有効です。つまり、ミトコンドリアの作用機序から、敗血症性ショックに効く可能性が十分に納得できるという論文です。
【メラトニンは寿命を延ばす】
前述のようにメラトニンはミトコンドリアを保護し、酸化ストレスを軽減し、免疫力を高めます。これらの効果は、老化を抑制し、寿命を延ばす効果が期待できます。メラトニンは脳細胞の酸化を防ぐことにより、認知症やアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患を予防できるのではないかと期待されています。メラトニンは細胞膜や血液脳関門を容易に通過できるので、脳の神経細胞の酸化障害を防ぐことができるのです。
メラトニンの抗酸化作用は、活性酸素だけでなく、一酸化窒素や過酸化脂質など様々なフリーラジカルを消去できることが特徴です。毒性の強いヒドロキシルラジカルはメラトニンによって効率的に消去されます。不飽和脂肪酸の酸化によって生じるペルオキシラジカルを消去する活性はビタミンEよりも高いことが知られています。メラトニン1分子は10分子のフリーラジカルを消去できます。
他の抗酸化剤は、フリーラジカルを消去すると、自身は酸化されて酸化剤(プロオキシダント)となって、他の物質を酸化するようになるのですが、メラトニンは酸化されても安定で、他の物質を酸化することはありません。さらに、グルタチオンペルオキシダーゼ、スーパーオキシドデスムターゼ、カタラーゼなどの細胞内の抗酸化酵素の活性を高める効果も報告されています。逆に、フリーラジカルを産生する酵素(リポギシゲナーゼ、一酸化窒素合成酵素など)の産生を抑制する効果も報告されています。
このような多方面の抗酸化作用によって、メラトニンは細胞膜の脂質や細胞内の蛋白、核内のDNA、ミトコンドリアにおけるフリーラジカルによるダメージを防ぎ、その結果、これらの細胞成分の酸化によって生じる病気(がん、動脈硬化、神経変性疾患など)を防ぐ効果を発揮します。
フリーラジカルがミトコンドリアで豊富に生成されることを考えると、さまざまな活性酸素種を効率的に消去し、特にミトコンドリアでその生産を減少させる分子は、老化の速度を遅くし、老化関連疾患を減らす効果が期待できます。実際に、メラトニンには抗老化作用や寿命延長効果が複数の実験系で報告されています。
例えば、キイロショウジョウバエの寿命に及ぼすメラトニンの影響を調べた実験結果が報告されています。100μg/ mlの濃度で栄養培地に毎日添加されたメラトニンは、キイロショウジョウバエの寿命を有意に延長しました。最大寿命は、対照群で61.2日、メラトニンを給餌したハエで81.5日でした。対照と比較してメラトニンを給餌したハエでは、最大寿命で33.2%の増加、寿命中央値で13.5%の増加でした。さらに、メラトニンはフリーラジカルを発生するパラコートに対するキイロソウジョウバエの耐性を増加させることが示されました。つまり、メラトニンは抗酸化作用によって細胞の酸化障害を抑制し、寿命を延ばす作用があるという結果です。
【メラトニンは加齢とともに減少する】
メラトニンの産生は加齢とともに分泌量が減少します。60歳以上になると夜間のメラトニンの増加もほとんど認めなくなります。これが、高齢者が感染症やがんの発症を起こしやすくなる理由の一つという意見もあります。したがって、メラトニンをサプリメントとして補うことは、加齢とともに低下する抗酸化力や免疫監視機構の働きを若いレベルに維持する効果が期待できます。前述のように、感染症の重症化予防にも有効です。
図:年齢によるメラトニン分泌量の違いを示している。新生児はメラトニンの分泌はほとんどないが(①)、徐々に増加して小児期にピークになる(②)。思春期を超えるとメラトニン分泌は減少し始める(③)。中年期には加齢とともにメラトニン分泌量が減少し続ける(④)。60歳を超えるとメラトニンの分泌はごくわずかになる(⑤)。メラトニンの血中濃度は午前2時から4時くらいをピークに夜間に上昇するが、加齢とともに減少し、60歳以上になると、分泌量は極めて低下する(⑥)。
多くの抗酸化物質は食事から摂取しています。メラトニンは食事からと同時に体内で産生されます。食事性のものは食事が不適切だと欠乏しますが、メラトニンはほとんど全ての細胞で産生するので、欠乏症になりにくいと考えられています。
しかし、メラトニンの合成低下や消費増加で不足します。そして、合成低下においては加齢がもっとも重要な要因です。老化に伴ってメラトニンの産生は低下し、酸化ストレスの高い状態もメラトニンを低下します。哺乳類の血液中のメラトニンは、細胞が酸化ストレスの高い状態にある場合、細胞による取り込みのために、血液から急速に消失します。したがって、メラトニンをサプリメントで補充するメリットは大きいと言えます。
米国ではメラトニンはサプリメントとして認可され、ドラッグストアーで普通に販売されていますが、日本ではメラトニンは食品としても医薬品としても承認されていないため、日本国内では流通していません。しかし、個人使用の場合は海外から個人輸入で購入できます。
不眠や時差ボケの目的では1日に3から5mgを服用しますが、抗老化や感染症予防の目的では1日に10mgから20mgを服用します。がんの治療では1日20mgから40mg程度で臨床試験が行われています。メラトニンを服用すると眠くなるので、就寝の1時間くらい前に服用します。
メラトニンは免疫細胞を活性化するので、自己免疫疾患(慢性関節リュウマチなど)やリンパ球の腫瘍(悪性リンパ腫やリンパ性白血病など)の場合は、メラトニン投与により病気が悪化する可能性があります。これらの疾患の場合にはメラトニンの使用は避ける方が賢明です。
経口メラトニンは小腸から急速に吸収され、約30〜45分後に血中濃度がピークになります。経口メラトニンの生物学的利用能は一般に低く、3%から33%の範囲です。低い生物学的利用能は、肝臓でのかなりの初回通過代謝によって引き起こされます。血中から減少していく半減期(排出半減期:Elimination half-life)は50分程度です。
メラトニンの致死量50(LD 50)は無限大であると報告されています。すなわち、動物を殺すのに十分な量のメラトニンを投与することは不可能です。要約すると、メラトニンは臨床的に重大な副作用がなく、非常に安全です。