14)カロリー制限は老化速度を遅くして寿命を延ばす
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術14
ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。
【カロリー制限は寿命を延ばす最も確実な方法】
体が消費するエネルギーの量や食事に含まれる熱量を表す単位として「カロリー」が使われます。人間が何もせずじっとしていても、生命活動を維持するためには成人女性で1日約1200キロカロリー、成人男性で約1500キロカロリーのエネルギーが消費されており、これを基礎代謝量と言います。寝ていても心臓や腎臓や肝臓や脳など生命を維持するために働いているからです。仕事や運動をするとその身体活動に応じたエネルギーがさらに必要になります。
私たちは消費するエネルギーに見合ったカロリーを食事から摂取することによって生命活動を維持することができます。食事からの摂取カロリーが消費カロリーより少なければ、体は脂肪組織や筋肉に貯蔵している脂肪やグリコーゲンやアミノ酸を分解してエネルギーを産生します。慢性的に摂取カロリーを減らすと、体は基礎代謝を低下させたりして、少ない摂取カロリーで体重や筋肉量を維持するように適応します。
食事からの摂取カロリーを減らすことを「カロリー制限」と言います。食事中のビタミンやミネラルやタンパク質などの栄養素の不足を起こさずに摂取カロリーだけを30~40%程度減らす食事です。このカロリー制限は酵母から線虫、ハエ、マウス、霊長類に至る数多くの生物種において、老化を遅延して寿命を延ばし老化関連疾患の発症を遅らせる最も再現性の高い方法であることが多くの研究で証明されています。
カロリー制限で寿命が延びることが最初に報告されたのは、1935年のことです。ラットに与えるエサのカロリーを30%減らすと寿命が40%延びたという結果が報告されています。
ラットやマウスの系では30〜40%の寿命の延長が認められていますが、人間ではそこまでの寿命延長はないと考えられています。せいぜい5%から7%程度と計算されています。食糧事情や衛生環境や医学の進歩など他の要因で寿命が十分に延びたので、伸びしろが残り少ないのかもしれません。しかし、体の老化を遅くする抗老化作用は、他のどのような医学的方法や生活習慣の変更よりも効果が高いと言われています。
【細胞が栄養飢餓になるとオートファジーが亢進する】
30~40%のカロリー制限というのは軽度から中等度の飢餓状態であり、それに対して生体は様々な適応応答を行うために、代謝や防御機能に関与する遺伝子の発現レベルでの変化が生じます。 その一つがオートファジーの亢進です。
オートファジー (Autophagy) は細胞内タンパクや小器官を二重の脂質膜で包み込み、これをリソソームに輸送して分解する仕組みです。「auto-」はギリシャ語の「自分自身」を表す接頭語で「phagy」は「食べること」の意で、「自食(じしょく)」と日本語訳されています。
リソソームは多くの加水分解酵素を含み、消化作用を行う細胞小器官です。細菌などの異物や老朽化した自身の細胞の消化、その他種々の役割を果たします。
細胞が飢餓条件下におかれると、細胞質に隔離膜と呼ばれる扁平な小胞が現れます。その後、膜は細胞質内の異常タンパク質や細胞内小器官を取り込みながら伸長し、先端どうしが融合して、オートファゴソームが形成されます。 オートファゴソームがリソソームと融合して内包物は分解されます。自己消化で得られたアミノ酸は栄養源として再利用されます(図)。
図:細胞質に隔離膜と呼ばれる扁平な小胞が現れ、異常なタンパク質や細胞内小器官を取り込む(①)。その後、膜は細胞質を取り込みながら伸長し(②)、先端どうしが融合して、オートファゴソームが形成される(③)。 オートファゴソーム内にはミトコンドリアなどの大きな細部内器官も含まれる。オートファゴソームがリソソームと融合すると(④)、内包物は分解される(⑤)。自己消化で得られたアミノ酸は栄養源として再利用される。(参考:Nature Cell Biology,9, 1102-1109, 2007 )
細胞は栄養飢餓に陥るとオートファジーにより細胞質内のタンパク質や小器官(ミトコンドリアや小胞体など)の一部を分解および再利用し、細胞の生存に必要なエネルギーやアミノ酸を得ています。
さらに、オートファジーを使い老廃物や損傷したミトコンドリア、病原体、異常タンパク質を除去しており、それにより神経変性疾患、がん、糖尿病、心不全、各種の炎症や感染症など、さまざまな疾患の発症を抑制していることが明らかになっています。つまり、オートファジーは細胞内の老化した成分を除去して細胞を若返らせる作用があります。断食が細胞を若返らせるメカニズムもオートファジーの亢進が重要です。
オートファジーの機序でミトコンドリアを分解することをミトファジーと言います。カロリー制限や絶食はミトファジーを亢進して異常なミトコンドリアの除去を亢進します。
オートファジーが抑制されると腫瘍が発生しやすくなります。これは、細胞内に異常タンパク質や不良ミトコンドリアが蓄積することが引き金になると考えられています。
【カロリー制限は長寿遺伝子サーチュインを活性化する】
サーチュイン(sirtuin)は長寿遺伝子として、酵母からヒトまで進化的によく保存された遺伝子ファミリーで、食物不足(飢餓状態)の時に活性化される遺伝子群です。サーチュインはNAD+依存性のヒストン脱アセチル化酵素の一種で、タンパク質のアセチル基を除去する作用によって様々な酵素の活性を制御し、細胞周期、代謝、抗酸化システム、オートファジーなどの細胞機能の制御に関与します。
NAD+はニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチドの略です。NAD+は様々な酵素の補酵素として機能します。細胞内のNAD+量が低下するとサーチュインの活性は低下します。
サーチュインはNAD+/NADHの比率の変動を感知することによって、細胞内の栄養素の供給状況や物質代謝の状況を把握しています。栄養素、特に糖が減少すると、NAD+が増え、細胞内の様々な部位に存在するサーチュイン・ファミリーのタンパク質の発現や活性が亢進します。哺乳類では七つのサーチュイン(SIRT1~7)が存在し、SIRT1、 6、7は核内、SIRT3、4、5はミトコンドリア、SIRT2は細胞質に局在します。
サーチュインは細胞周期、代謝、抗酸化システム、オートファジーなどの様々な細胞機能に関連する遺伝子の発現を制御しています。その結果、細胞老化や発がんを抑制し、寿命を延長する効果を発揮するのです。
老化に伴いNAD+量およびサーチュイン活性が低下しますが、ニコチンアミド・リボシド(nicotinamide riboside:NR)やニコチンアミド・モノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide:NMN)などのNAD+中間代謝産物の補充がサーチュインを効果的に再活性化することが明らかになっています。NRやNMNは抗老化のサプリメントとして人気があります。
【AMP活性化プロテインキナーゼはエネルギー低下を感知して活性化される】
AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)は細胞のエネルギー代謝を調節する因子として重要な役割を担っています。 AMPKは低グルコースや低酸素や虚血など細胞のATP供給が枯渇させるようなストレスに応答して活性化されます。
AMPKは触媒作用を持つαサブユニットと、調節作用を持つβサブユットとγサブユニットから構成されるヘテロ三量体として存在します。γサブユニットにはATPが結合していますが、ATPが枯渇してAMP/ATP比が上昇すると、γサブユニットに結合していたATPがAMPに置き換わります。
その結果、アロステリック効果(酵素の立体構造が変化すること)によってこの複合体は中等度(2~10倍程度)に活性化され、上流に位置する主要なAMPKキナーゼ(AMPKをリン酸化して活性化する酵素)であるLKB1に対して親和性が高くなり、LKB1によってαサブユニットのスレオニン-172(Thr-172)がリン酸化されると、酵素活性は最大に活性化されます。
LKB1以外のルートでのAMPKの活性化として、カルモジュリンキナーゼキナーゼβ (CaMKKβ)もAMPKの活性化にとって重要であることが示されています。ビタミンD3はCaMKKβを活性化してAMPKを活性化します。
活性化したAMPKは異化を亢進してエネルギー産生を亢進し、物質合成を抑制するように代謝をシフトします。AMPKは運動やカロリー制限の他、メトホルミンやビタミンD3で活性化できます(図)。
図:AMPKはα、β、γの3つサブユニットからなり、不活性型ではγサブユニットにATPが結合している(①)。細胞内のATPが減少するとγサブユニットに結合していたATPがAMPに置換する(②)。これによってAMPKの構造変化が起こると、LKB1というリン酸化酵素の親和性が高まり、αサブユニットのスレオニン172がリン酸化されると、さらにAMPKの活性が高まる(③)。活性化したAMPKは異化を亢進してエネルギー産生を亢進し、物質合成を抑制するように代謝をシフトする(④)。運動やカロリー制限はATPが減少してAMP/ATP比を上昇してAMPKを活性化する(⑤)。メトホルミンはミトコンドリアの呼吸鎖を阻害してATP産生を低下させる機序とLKB1を活性化する両方の機序でAMPKを活性化する(⑥)。ビタミンD3は細胞内のフリーのカルシウムを増加させ、カルモジュリンキナーゼキナーゼβ (CaMKKβ)を活性化させてAMPK活性を亢進する(⑦)。
AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)はミトファジー(ミトコンドリアの分解)を誘導し、ミトコンドリア新生を促進します。AMPKを活性化する薬として糖尿病治療薬のメトホルミンやブルーベリーに含まれるレスベラトロールやプテロスチルベンがあります。
これらはミトコンドリアの品質を良くする効果が期待できます。運動やカロリー制限やケトン食や魚油(DHAやEPA)やビタミンD3もAMPKを活性化します。AMPKとサーチュインを活性化すると体の老化を抑制し、寿命を延ばす効果があります。
【サーチュイン1はPGC-1αを活性化してミトコンドリアを増やす】
サーチュインはFOXOという転写因子を活性化してストレス抵抗性を高め、PGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)を活性化してミトコンドリア新生を亢進します。これらの作用によって抗老化や寿命延長やがん予防の効果を発揮します。
転写因子FOXO(Forkhead Box O)はDNA結合ドメインFox(Forkhead box)を持つForkheadファミリーのサブグループ“O”に属する転写因子です。哺乳類の細胞にはFOXO1,FOXO3a,FOXO4の三つのアイソフォームが発現しています。FOXOはストレス応答、代謝制御、細胞周期、アポトーシス、細胞分化、DNA修復、免疫機能、炎症などに関連する多くの遺伝子の発現を促します。
FOXOはサーチュインによって脱アセチル化されて転写因子として働き、細胞のストレス抵抗性を高めます。
細胞内でミトコンドリアが新しく発生することを「ミトコンドリア新生」と言います。既存のミトコンドリアが増大して分かれて増えていきます。ミトコンドリア新生で最も重要な働きを担っているのが、PGC-1α(Peroxisome Proliferative activated receptor gamma coactivator-1α)です。日本語訳は「ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α」です。
PGC-1αは転写因子のPPAR-γと結合して、PPAR-γの転写活性を高める因子として見つかりました。PGC-1αは核内受容体を中心とする様々な転写因子と結合し標的遺伝子の発現を制御する転写コアクチベーターです。骨格筋、心筋、脂肪、脳などの臓器においてミトコンドリアの新生および酸化的リン酸化を促進するなど細胞のエネルギー産生を制御する役割が知られています。
運動すると骨格筋のPGC-1α量が増えます。運動や絶食やカロリー制限やメトホルミン(糖尿病治療薬)がAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、AMPKはサーチュインを活性化して転写因子のPGC-1αとFOXOファミリータンパク質を活性化し、ミトコンドリア機能や代謝を制御することが知られています(図)。
図:運動、絶食、カロリー制限、糖尿病治療薬のメトホルミンは筋肉細胞内のAMP/ATP比を上昇し(①)、AMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する(②)。AMPK活性化はNAD+/NADH比を高め(③)、サーチュイン1を活性化する(④)。AMPKはPGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)をリン酸化し(⑤)、さらにサーチュイン1で脱アセチル化されて活性化する(⑥)。サーチュイン1はFOXOファミリーなどの転写因子を脱アセチル化して活性化する(⑦)。活性化したPGC-1αやFOXOやその他のタンパク質はミトコンドリア機能や代謝を制御する。図中のPはリン酸化、Acはアセチル基を示す。(参考:Nature. 2009 Apr 23; 458(7241): 1056–1060.)
老化とともにミトコンドリアの働きが低下します。特にエネルギー消費の多い筋肉、脳、心臓などでミトコンドリアの機能や新生が低下しています。
カロリー制限や運動はサーチュインとAMPKを活性化し、ミトコンドリアの数と機能を高める効果によって、抗老化作用や寿命延長作用を発揮すると考えられます。
カロリー制限が寿命を延ばすメカニズムが解明されるにしたがって、カロリー制限と同じ効果を発揮する医薬品やサプリメントの開発も進行しています。
【カロリー制限と同じような効果を薬で真似ることもできる】
薬やサプリメントによる寿命延長や抗老化治療が研究されています。その候補の代表がカロリー制限模倣化合物という薬です。カロリー制限模倣化合物は、カロリー制限と同じ効果を示す薬です。食事のカロリーを減らすのは空腹感という苦痛が伴いますが、カロリーを減らさない普通の食事をしながら、カロリー制限と同じ抗老化と寿命延長の効果が得られる薬やサプリメントがあれば、抗老化の実践も楽になります。
カロリー制限模倣化合物として糖尿病治療薬のメトホルミン、ブドウやブルーベリーなどに含まれるレスベラトロールやプテロスチルベンが知られています。これらはカロリー制限と同様にAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)や長寿遺伝子のサーチュイン-1を活性化してミトコンドリアを増やすことが知られています。
カロリー制限によって寿命が延びるメカニズムに対して、それを刺激・活性化する因子と阻害・抑制する因子があります。寿命の延長を促進している因子をさらに増やし、寿命を短縮する因子を減らせば、カロリー制限を行わなくなくても長寿を達成できることになります。
例えば、寿命延長とがん予防効果を促進する因子として、AMPK、サーチュイン、アディポネクチン、オートファジーなどがあります。これらの因子を活性化する方法はカロリー制限の効果を真似ることができます。
老化を促進し寿命を短縮する因子としては、インスリン、インスリン様成長因子-1(IGF-1)、PI3K/Akt/mTORシグナル伝達系、活性酸素などによる酸化ストレス、慢性炎症状態を引き起こす炎症性サイトカインなどがあり、これらの因子の活性や産生を抑えることはカロリー制限の効果を真似ることができます。(図)。
図:カロリー制限による寿命延長とがん抑制の効果に関与している因子を利用すれば、カロリー制限を行わずに同じような効果が得られる可能性がある。
【カロリー制限による寿命延長の進化論的意義】
カロリー制限による寿命延長効果のメカニズムの理解には、その進化論的存在意義の考察も大切です。つまり、生物は摂取カロリーが減少すると老化速度を遅くして寿命が延びるようなメカニズムを獲得するように進化した理由です。
生物が「カロリー制限によって寿命が延びる」ようなメカニズムを進化の過程で獲得したであろうことは容易に理解できます。このメカニズムを獲得したものが淘汰に生き残ったとも言えます。この生物の生存や種の繁栄においてメリットがあるからです。
全ての生物において、最も優先されるのは種の保存と繁栄です。この種の繁栄に有利な性質が進化の過程で淘汰を生き残ることになります。食糧が乏しくなるとすぐ死ぬような生き物は進化の過程で簡単に淘汰されます。栄養やエネルギーの不足に対して抵抗性を持つようなメカニズムを獲得したものが生き残ります。
実際、カロリー制限食では酸化ストレスや栄養飢餓など様々なストレスに対する抵抗性が増すことが知られています。食糧が乏しい時には、栄養飢餓に対する抵抗性を高め、代謝を抑制して寿命を延ばし、食糧が十分に入手できるようになったときに生殖活動が行えるように、食糧が乏しい条件(カロリー摂取が不足するとき)では寿命を延ばすメカニズムやストレスに対する抵抗性を高めるメカニズムが進化したと言えます。
食糧が少なくなったとき単に寿命を延ばすだけでなく、食糧が得られるとき生殖活動を再開することが目的であるため、若々しく保つ(老化を抑制する)ことも重要です。
すなわち、カロリー制限は寿命を延ばすだけでなく、体を若々しくする効果もあることになります。
【生殖と寿命はトレードオフの関係にある】
生殖と寿命の間にはトレードオフの関係があります。トレードオフ(trade-off)とは、何かを得ると別の何かを失うという相容れない関係のことです。
生殖活動が盛んな個体は早く老化させる方が種の維持と繁栄にはメリットがあります。
「地球上には空間的にも食料供給にも限界があるので、生き物に寿命がなければ、いずれ生物は全滅するので、寿命や老化が必然的に存在する」という考えがあります。空間や食物供給に限界がある条件では、生殖と寿命はトレードオフにある方が種の維持・繁栄には都合が良いのです。
生殖活動を犠牲にすれば生物の寿命が延びることはショウジョウバエやネズミの実験で示されています。カロリー制限や去勢や遺伝子改変によって生殖活動を弱めると寿命が延びることが多くの動物実験で報告されています。
繁殖能の高いマウスは短命で、成熟のプロセスがゆっくりで繁殖率が低い動物(ゾウや人間など)は寿命が長いのも「生殖と寿命のトレードオフ」の1例だと考えられています。
一般的に多くの地上の動物において食糧が絶えず不足ない状態というのは、近代の人類以外にはあり得ません。人類は約1万年前に農耕を始めることによって、食物を安定的に手に入れることができるようになりました。
しかし、気候の変化によっては飢饉を経験します。人類が飢饉を経験しなくなるのは、産業革命後に、農業の機械化によって農産物の生産性が向上し、食物の貯蔵技術の進歩によって長期間の食物の貯蔵が可能になったからです。
食物の豊富な熱帯地方の森林に住んでいれば、食物は何もしなくても豊富に入手できますが、多くの生物は食糧が十分に入手できなくなるリスクの中で生きてきました。このような状況で、食物の摂取が少なくなったときに種を保存するためにはどうすれば良いかという問題がでてきます。
食糧が不十分なときに子供を作っても育たない可能性があります。そのため、食糧が少ない状況では、生殖を先延ばしするために、寿命を伸ばすメカニズムが生体内で進化したということです。
食物が入手できるようになったときに生殖を開始します。したがって、カロリーが十分取れないときは、寿命を伸ばすと同時に老化を抑制して、若々しい状態を保つ必要があるのです。
人間でも、カロリー制限すると性ホルモンの産生が減少し、生殖活動が抑制されることが証明されています。例えば、男性における血中性ホルモン濃度に対する長期間のカロリー制限の影響を検討した研究結果が報告されています。
Long-term effects of calorie restriction on serum sex hormone concentrations in men.(男性における性ホルモン量に対するカロリー制限の長期間の影響) Aging cell. 2010;9(2):236-242.
この研究では、カロリー制限を行っている24人(平均年齢51.5±13歳)の男性を対象にしています。カロリー制限の期間は平均で7.4±4.5年です。比較対照は通常の西洋式食事を行っている同年齢の男性と、体脂肪が同レベルの長距離ランナーです。
血清中の総テストステロン量とフリーのアンドロゲンの量はカロリー制限の群で、他の2群の対照群(コントロール群)と比べて有意に低下し、性ホルモン結合グロブリンは高いという結果が得られています。
カロリー制限をして痩せている人は、長距離ランナーで体脂肪が同じくらいの人と比べても、性ホルモンの血中濃度が少ないことが明らかになっています。
食糧が減少すれば、物質合成するための栄養素やエネルギー(ATP)が減少するので、細胞の増殖は抑制されます。そのため、生体は、細胞の増殖を促進する増殖因子や蛋白同化ホルモン(男性ホルモン)の産生を抑制します。
これらの因子(増殖因子や蛋白同化ホルモン)は老化を促進し、がんの発生を促進します。したがって、カロリー制限は老化とがんの発生を抑制することになります。しかし、生殖活動は低下します。
つまり、食糧が少ない状態(=カロリー制限)では、生殖活動を低下させ、老化を遅延させ、寿命を延ばすようなメカニズムが作動することになります。
カロリー制限は寿命を延長する最も確実な方法です。このカロリー制限はAMP活性化プロテインキナーゼ、サーチュイン、PGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)を活性化してミトコンドリの数と機能を高めることによって抗老化作用を発揮しています。つまり、カロリー制限における抗老化と寿命延長のターゲットはミトコンドリアにあると言えます(図)。
図:カロリー制限はサーチュイン-1(SIRT1)を活性化し(①)、FoxO3aの活性を亢進して(②)、ストレス抵抗性を高める(③)。サーチュイン-1はPGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)を脱アセチル化して活性化し(④)、ミトコンドリア新生を亢進する(⑥)。これらの総合作用によって抗老化やがん予防の効果を発揮する(⑦)。
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