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77年目の8月15日に /死者の記憶が遠ざかるとき、同じ速度で、死は私たちに近づく。

きけ わだつみの声  戦没学生の手記より

   死んだ人々は、還ってこない以上、
 
  生き残った人々は、何が判ればいい?
 死んだ人々は、慨く術もない以上、
 
  生き残った人々は、誰のこと、何を、慨いたらいい?

 死んだ人々は、もはや黙ってはいられぬ以上、
 
   生き残った人々は沈黙を守るべきなのか?

ジャン・タルジュー

「中沢隊の一兵が一支那人を岩石で殴打し、頭蓋骨が割れて鮮血にまみれ地上に倒れた。それを足蹴にし、また石を投げつける。見るに忍びない。……冷血漢。 罪なき民の身の上を思い、あの時何故遅れ馳せでも良い、俺はあの農夫を助けなかったか。自責の念が起る。女房であろう、血にまみれた男にとりついて泣いて いた。しかし死ななかった。軍隊が去ると立ち上がって女房に支えられながらトボトボ歩き去った。
 俺の子供はもう軍人にはしない、軍人にだけは……平和だ、平和の世界が一番だ。」川島正 

「今の自分は心中必ずしも落着きを得ません。一切が納得が行かず肯定が出来ないからです。いやしくも一個の、しかもある人格をもった『人間』が、その意思 も行為も一切が無視されて、尊重されることなく、ある一個のわれもわからない他人のちょっとした脳細胞の気まぐれな働きの函数となって左右されることほど 無意味なことがあるでしょうか。自分はどんな所へ行っても将棋の駒のようにはなりたくないと思います。」中村徳郎 


ヒロシマ連祷24  石川逸子

いく百体
トラックに積み上げたじゃろか
そっと抱えている暇なんかあろうか
ツルハシでブスッと腸を突き刺し
ぐっと持ちあげ トラックにほおりこむ
くさくてのう
やりきれんくささで
とりわけずるずる崩れてしまうのは難儀した
スコップでしゃくって積み上げたりもしたが
どろんと目玉が溶けておったり
黒こげの腕だけ落ちておるのもある

おまえだけに言うはなしよ
だあれにも話したことはない
あの間にずっと放射能吸っておったじゃろう
わしの息はくさいか
え  正直に言うてくれ
あの仏さんらはくさかったよ
殺したのはわしじゃない   わしじゃないが
あれだけの仏さん
砂利の山のごと 突き崩し
ほおり投げ
ツルハシで突き刺し
罪がないとはおもえん
死んだにんげんにもだいじにされる権利はあろう
(中略)

わしはくさいか
くさかろう
あの仏さんらとおなじよ
十八年たってウランちゅうやつは
もう目が見えん
なにも見えん、、、、

夢  鳴海英吉 (シベリア抑留の記憶)


作業中ぼんやりと立っていた男が ふっと
   
とうめいなものを見た と言う
   
とうめいなものが見える訳がない
   
何故だ
   
とうめいなものがどうして見えないのか
   
見てはいけないのか
   
そう言う男は すきとおっていた

   
厳寒(マローズ)のなか 立ったまま死んだ男は
   
そう言い切ってしまったあとだ
   
その男の魂の抜けた分だけ ちぢこまって
   
ひとまわり 小さくなっていた
   
昼間から夢を見ている奴は死ぬぞ
   
この厳寒は 頭の中を狂わせる
   
身体のどこでも凍る

弔詞  石垣りん


――職場新聞に掲載された一〇五名の戦没者名簿に寄せて――


   
ここに書かれたひとつの名前から、ひとりの人が立ちあがる。

   
ああ あなたでしたね。
   
あなたも死んだのでしたね。

   
活字にすれば四つか五つ。
その向こうにあるひとつのいのち。
   
悲惨にとぢられたひとりの人生。

   
たとえば海老原寿美子さん。長身で陽気な若い女性。
   
一九四五年三月十日の大空襲に、母親と抱き合って、
   
ドブの中で死んでいた、私の仲間。

   
あなたはいま、
   
どのような眠りを、
   
眠っているのだろうか。
   
そして私はどのように、さめているというのか?

   
死者の記憶が遠ざかるとき、
   
同じ速度で、死は私たちに近づく。
   
戦争が終わって二十年。もうここに並んだ死者たちのことを、
   
覚えている人も職場に少ない。

   
死者は静かに立ちあがる。
   
さみしい笑顔で、
   
この紙面から立ち去ろうとしている。
忘却の方へ発とうとしている。

   
私は呼びかける。
   
西脇さん、
   
水町さん、
   
みんな、ここへ戻って下さい。
   
どのようにして戦争にまきこまれ、
   
どのようにして
   
死なねばならなかったか。
   
語って
   
下さい。

   
戦争の記憶が遠ざかるとき、
   
戦争がまた
   
私たちに近づく。
   
そうでなければ良い。

   
八月十五日。
   
眠っているのは私たち。   
   
苦しみにさめているのは
   
あなたたち。
   
行かないで下さい 
皆さん、どうかここに居て下さい。 


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