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青山通りに漂うメモ

いつもよりあつい夏。毎年そう思ってて、本当は何にも変わらない夏なんだ。
通勤で使うバスも、休日になると乗車する人も、空気も違う。ギンギンにきいているクーラーはとても気持ちが良い、きっと途中で寒いと感じるのだろう。

バスの中からゆっくりと見渡す街。
こんなに落ち着いて見渡すと、あんな店あったんだ、などの気づきがあった。
ゆっくり見ると、この道は通勤だけじゃないときに来ている、懐かしい感覚。

耳元からあの歩いた会話が溢れてくる。

"ここのイチョウはきれいな黄色だね"
"来年はプロ野球を神宮球場まで観に行こう"
"僕のメガネは、あそこで買ったんだ"

そんなことを話してた青山通り。
夜に君と歩いているとどこまでも歩いていける気がした。君が始める「ねえ」はくだらない話しか生まれなかった。幽霊がいそうだと言ってふざけて走った道も、急に走りはじめたら追いかけっこになってお腹を抱えて笑ったことも、車窓から見えてきた。

君の表情が少なくなったことや、目の奥が変わったのも気づかないわけがない。だけど気づかないフリをするしかない気持ちを、距離をおきたいのにおけない気持ちを、君は知らなかっただろう。それなのに、簡単に不安になって距離を取ろうとする君は卑怯だ。追いかけてきてほしいその見え隠れする気持ちに気づいて君を追いかけたのに、君は全く追いかけて来ない。

消し忘れてたメモには、君が大事なことを言う時だけの、照れ隠しの敬語を見つけた。

"君のことをわかってたと思うよ"

なんて、最後に自惚れた一言を言われた。
敬語で言うことを忘れた君の最後のウソだった。君は何もわかってなかった、わたしも君を分かろうとしなかった。二人して最後までうそつきの予防線ばかり貼り続けていた。

敬語のメモを見つけて何度も忘れないように、
あの景色を変えないように大事にしていた。
けれど、もうその敬語もいらない。
君の声も忘れた。

バスのなかから見つけた二人に、笑みが溢れた。もう、僕は過去を通り過ぎることができる。

「外は暑そうですね」


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