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パリジェンヌになりたい
味噌汁とトーストは合わないって言ってるでしょう!
高校生の私は朝から文句だ。
フランスカルチャーに目覚め、当時雑誌で紹介されていたパリジェンヌに憧れ、どうにかして日常がそうありたいと願っていた。
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パリジェンヌは朝から味噌汁なんて飲まない。
母は母で言い返してくる。
お味噌汁は栄養の塊だよ。
私は無言で一気に飲み干し、インスタントコーヒーと温めた牛乳でカフェオレを作る。味噌汁椀を両手で持つとなんだか、フランスにいる気分になってくる。
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そしてトーストでなく本当はクロワッサンが良かった。
しかし、現実は厳しかったのだ。パンと言ったら食パン!みたいな高知県の片田舎に私は住んでいた。ちゃんとしたクロワッサンは街まで行かないと手に入らない。
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浴槽を泡だらけにして入浴したり、夕飯をナイフとフォークで食べたがったり、とにかくカッコつけた生活がしたかった。しかし経済的(お風呂のお湯を1人で全部使う)にも衛生的にも(バブル入浴剤がなかったのでシャンプーを使った)そして安全面(妹にもナイフを使うように強要した)からも両親からこっぴどく叱られ、おしゃれLife計画は頓挫する。
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沸き起こる一人暮らしだったら、妄想。
玄関に置いてある坂本龍馬の置物、応接間にある父親自慢の魚拓、妹がチラシで作ったテレビの上のダサい小物入れから抜け出すためには、地元ではない大学に進学するしかない。
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猛勉強の末、私は東京の大学に進学した。
=衣食住全ての物の選択権を手に入れたのだった、イエーイ!!
住む場所は大学推薦の寮のようなアパート、6畳一間。キッチンとバストイレは共同。大勢で食事ができるリビングルーム付き。今でいうシェアハウスみたいな形態。
自室は畳のため、まずウッドカーペットを敷き、冷蔵庫とオーブントースターをエメラルドグリーンで統一、パイプベッドは赤、その上に田舎から持ってきた蚊帳。天蓋カーテンなる名前も知らなかったので、雰囲気だけ真似てみた。
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食周りに至っては、アフタヌーンティーで食器を揃えることに命を賭けていた。母から降りた予算は2万円、どうしても欲しかったカフェオレボウルとお皿を数枚、木製のトレイを買ったら終わってしまった。
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こうやってこだわりの一人暮らしはスタートした。
歩いて10分のパン屋までクロワッサンを買いにく毎日。本物のカフェオレボウルで飲むカフェオレ。ご飯に味噌汁、または普通のトーストの朝食を食べている寮生達の関心を集め、共同の食器棚に置いた私の食器は、注目の的だった。
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行ったこともなかったくせに
東京はパリに似ているわ、
と隣で納豆を食べていた寮生に語ったりした。
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また、いくらでも美味しいクロワッサンは東京中にあった。休日にはパン屋巡りが習慣化し、パリジェンヌ気取りで朝昼晩とクロワッサンを食べることも少なくなかった。
夏休み帰省前に異変に気づいた。
荷物に詰めようとしたズボンのチャックが閉まらない。慌てて鏡を見てみると、2.3日前から痒いと思っていた顔が、ぶつぶつと赤い。風呂場に行って冷たい水で顔を洗い、体重計に乗ってみると、4月の入学時から三ヶ月で7キロも太っていた。
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・・・・犯人はあいつしかいない。
ものすごい後悔が襲ってきた、考えてみたら、クロワッサンの値段が高いので、野菜を買わないばかりか、ろくに自炊もしていなかったのだ。完全に食のバランスを崩していた。
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体重計の数字で初めて大事に気付いた。気付くと人前に出る自信がなくなり、顔の赤みも伴い、恥ずかしくてリビングルームにも顔を出せなくなっていた。マスクをつけ学校に行き、真っ直ぐ帰宅し、お風呂も一番先か最後に入り、寮生には顔を見られないようにした。食料は買わず、痩せるまでできるだけ食べないでいようと部屋に篭っていた。
一週間経って、寮生の1人が心配して朝食時に部屋をノックしてきた。
病気?
太って人前に出られないとは言えない。顔のぶつぶつも見られたくない。
大丈夫だよ、とだけドア越しに答える。
・・・・わかった、ドアの前に置いておくから良かったら、食べて。
足音が遠ざかったので、そっとドアを開けてみると、そこに
クロワッサンと豆腐の味噌汁が私のカフェオレボウルに入って置いてあった。
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ものすごく美味しかった。本当に美味しかった。
バターの甘さと味噌のしょっぱさ、合うねー、
クロワッサンと豆腐の味噌汁全然有りじゃん。
カフェオレボウル、味噌汁飲むのに最高じゃん、
と思いながらあっという間に平らげた。
・・そして反省した。
形ばかり真似たパリジェンヌ、母の思いやりにも気づけなかった。
上京して初めての帰省、太って肌荒れしてる私を見た母は、
あれあれあれ、あんた、漬物あるから、まずそれ食べな。
と、一眼で私の健康状態を見抜いた。夕飯は夏なのに鍋。鍋の横にはザルに山ほど積まれた野菜。
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その夕食の席で
お母さん、お姉ちゃんが帰ってくるって言うからクロワッサン買って来てたよ、パリジェンヌは朝食にクロワッサン食べるんだよね?
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と妹が無邪気に言う。
誰かが自分の事を気遣ってくれる有り難さを、
私は一人暮らしを経験して痛感していた。
ありがとう。
ひと呼吸置いて、
でも、私、土佐ジェンヌだから、明日の朝、味噌汁あると嬉しいな、と笑った。
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今回「#ひとり暮らしのエピソード」企画に参加させていただきました。
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