あらびき桃太郎 - 5 「ひとりじめ」
翌日。じいさん、ばあさん、ガブリエルの三人は、裏山に置き去りにした桃井の様子を見に行くことにしました。
朝、太陽とともに一度は目を覚ました三人でしたが「もういい、世界なんてどうでもいいや。このまま寝よう」と、枕をまたがっちりと両手でホールドし、掛布団を股の間にはさみこんでしまいました。こうなると睡魔はなかなか手強いですよね。みなさんもよくご存知かと思います。
何度目かのファイトでようやく戦いに勝利したが、やはりその代償は大きく、明け方に様子を見に行く予定がすっかりお昼前の起床になってしまいました。いや、一人くらい起きろ。
歯を磨き、シャワーを浴び、遅めの朝食を食べ、テレビを見ながらソファでぐうたらし、再放送のバラエティ番組が始まったところで「さすがにアカンな」となった三人は家を出ることにしました。
三人は裏山の杉林の中を重い足取りで進んでいきました。
「どうなってるかなぁ。そいえば、ワシたちオスに出会う出会わないの話しかしてなかったじゃない? だけどオオカミやらに襲われる可能性って十分にあるよね。そこ考えてなかったな……大丈夫かな……」
「大丈夫だろ。この山にはクマはいねぇが、オオカミがうじゃうじゃいるんだ」
「なにが大丈夫? 君の頭は大丈夫か?」
「あれ、なんだかいい匂いがしてこないか」
ガブリエルがそう言ったので、じいさんもばあさんも鼻に意識を集中させてみました。
「あぁ、ほんとだ。向こうの方からいい香りがするね」
「だろ? 僕の好きな香りだな」
「いい香りっていうかこれ料理の匂いだよね」
「そうだなぁ。お腹が減ってくるよ」
「あ、これはお醤油の匂いだね。あとこれはしょうがかな?」
「……しょうが焼きじゃない?」
「あぁ!! しょうが焼き! それだ! やるじゃないガブリエル」
「へへ、こう見えて和食好きなんだ」
「へぇー。意外だわー。でもしょうが焼き美味しいよね」
「簡単に作れて旨いんだもの。料理初心者の味方だよね」
「ちなみにしょうが焼きって何肉だっけ?」
「しょうが焼きと言ったら豚でしょ! 豚肉一択!」
「やっぱり? アタシもそうだと思ってた!」
「ワシも!」
「オーケー! じゃあ、ばあさん! じいさん!」
「あぁ!」
「走ろう!!」
三人は走り出しました。森の中を駆け上がるその姿は忍者のようです。生い茂る草、飛び出した折れ枝、湿ったコケ、しょうが焼きの香り。足を滑らせる砂利、額から流れる汗、羽音を響かせるアブ、しょうが焼きの香り。「ぎゅるぐぐぅ」とばあさんの腹が鳴りました。
「おい! ババアァなに腹すかせてんだよ! 状況わかってんのか!! なんの匂いかわかってんのか!!」
「これは仕方ねえだろ! 朝食食ってからもう何時間か経つんだからよ!」
「だからってこの匂いで腹すかせるなんてお前ケモノすぎるだろ!! 心はねぇのか人間の心は!!」
「うるせぇ!! だいたい朝ガブリエルがアタシの分のウインナーも食っちまったからいけねぇんだ!」
「ウインナーとか言うな!! 今、ウインナーとかも言うなっ!!!」
大木が見えてきました。昨日、桃井を繋いでおいた大木です。
「あった! あそこだ!!」
よくみると木の根元からは、もくもくと煙が立ちあがっていました。
「火だ! 火を使ってるヤツがいるぞ!」
「急げ!! 薄切りスライスにされる前に救出だ! 桃井ーー!!」
三人はあっという間に現場に接近。ついにその光景をとらえました。
「おいいぃ!! 何してやがる貴様ぁ!!」
と、じいさんが吠えると、その背後からばあさんは走りこんだ勢いをそのままに吊るし台に飛び蹴り。桃井も一緒に地面に崩れ落ちました。
「てめぇ、ひとり占めしてんじゃねぇぞっっ!!!!」
男に向かってガブリエルも言いました。
「何者だお前は! こいつは神聖なブタなんだぞ! 食べるんじゃないよ! 僕の予言が外れることになるだろ! 予言が外れたら僕はいよいよ帰れなくなるだろ! そしたら僕は下界で仕事しないといけないだろ! 9時-17時からのサービス残業なんだろ!? いやだよ! そんなのやだよ! 地獄じゃないか! うわあああああああ!!」
男はすっと立ち上がり、にらみつけてくる老夫婦と1人で勝手にうなだれ転げ回っているコスプレ野郎を見て、状況を頭の中で整理する前に、まずは言い放ちました。
「うるせええええぇぇぇ!!!!!!」
〈第6話につづく〉
イラスト : 石川マチルダ
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