深夜のジョロジョロ男


マッチングアプリ歴は長いが、だからと言って「会ってみたい」と思える人が山ほどいるかと言ったら、そういう訳でもない。


そんな中、久しぶりにビビッときた人がいた。

その人は某銀行勤務の29歳。
プロフィールに載っている写真は加工したものでも自撮りでもなく、スーツ姿を含めた他撮りのものが3枚。
とても硬派で清潔感があり、歯並びも綺麗。
休日は趣味のゴルフで息抜きをし、夜は都内の美味しいご飯屋さんを巡り、特に赤提灯系を開拓するのが好きらしい。
「堅い仕事って思われがちですが、毎日楽しく仕事してます!価値観が合う女性と出会って一緒に退会したいです」と、プロフィールが締めくくられていた。

至って普通の紹介文だが、爽やかな写真も相まってか、いつも以上に好感度があった。

そんな彼から届いていた「いいね!」を返すと、すぐにメッセージのやりとりが始まった。

軽い自己紹介をした後、話題は早速恋愛トークへ。
お互いのガラケー時代を思い出しながら、
好きな人とメールしている時に件名にRe:が溜まっていくのが嬉しかったよね、
気になる人だけ着メロ変えてたよね、
YUIの歌詞を真に受けてすぐに返事するのグッとこらえたよね、
パケット気にしながらも無駄に通信センター問い合わせてメール届いてないかソワソワしてたよね。

こんな風に、自分たちの可愛かった恋愛を振り返りながら盛り上がった。
しばらくやりとりしていると、彼からラインに移行したいといわれ、もっと話したいと思った私もすんなりと受け入れた。

そしてラインし始めてものの数分で、彼からいきなり電話がかかってきた。


10月の夜11時頃で、私はベッドの中で雑誌を読みながら温かい紅茶を飲んでいた。
間接照明で照らされた部屋には心地いい雰囲気が漂っていて、雑誌を読みながら適度に連絡を取り合うくらいがちょうどよかった。

自分の時間が流れているこのタイミングでの電話はなんか違うと思ってしまったが、連絡を取り合ってしまってる以上無視できないので、出ることにした。

すると、今までのやりとりからは想像もできなかった甲高い声で「急に遅くにごめんね〜!直接話してみたくなっちゃって!」と男性が話しかけてきた。


ちょっと驚いた。
写真を元に、低くて男らしい声を想像してしまっていたため、一気に自分の中の期待値が下がってしまった。

会う前から勝手に自分の都合いいように相手のあれこれを色々と予想して期待値を上げてしまう、、
これはいつもの自分の悪い癖だ。
これに関しては、相手は全く悪くない。
ただ私が期待値を上げすぎてしまったがゆえに発生した、自ら生み出した失望感である。


そんな戸惑っている私の間を埋めるかのように
「今何してたー?」と彼が続ける。


「あ、今ベッドの中で紅茶飲んでのんびりしてます〜」


「紅茶?まって分かった、その紅茶絶対カシミールでしょ!絶対カシミールの紅茶飲んでるよね?」


「え、あの、どっちにしろ違うんですけど、もしかして……カモミールのことですか?」


「(一人で爆笑)俺今なんて言った?!カシミール?やばいね、ウケる!カシミアとカモミールが混ざった!まあでも毛羽(ケバ)も茶葉(チャバ)も両方温かいし同じようなもんだね!」


「……」





泣くべきなのか笑うべきなのか、もはや分からない。

またもや不本意に地雷男と接点を持ってしまい、
電話開始5分も経たないうちにもう切りたいと心底思ったのはこれが初めてだ。


私はマッチングアプリで自分の顔写真にスタンプなどの加工を施さずに載せているため、万が一のことを考えて「ヘタな行動をとって相手を怒らせない」というマイルールがある。

このルールに沿って考えると、今すぐ電話を切るのはダメな気がしてしまい、渋々会話を続けた。


そして早く切りたいというイライラが一向に募っていく中で、
いきなり電話越しで彼がドタバタし始めた。


そして突如流れてくるジョロジョロジョロというBGM。


え。

本当にびっくりした。
「ちょっとトイレ行っていい?」の一言もなく、普通に電話を繋いだまま、29歳の男性が平然と用を達し始めたのだ。

彼氏にもされたら絶対に嫌なことを、
会った事もない、しょうもない親父ギャグを発する男性にされて、私は電話越しに思わず硬直してしまった。

そしてさっきまで守っていたマイルールを完全にそっちのけで、その人をすぐさまブロックした。

冗談がつまらないから、ではなく、
圧倒的に非常識すぎて、
好きになる上でどう頑張っても妥協できそうにないから。


この男の話を女友達にすると、
「キモい流石にアウト」と必ず共感を得られる。

が、男友達の中には「それくらいは普通」と言ってくる人も時たまいる。



でも何を言われようと、
これは稀に見る異常な、完全なるブロック案件だったと自分に言い聞かせながら、
今日もマイルールに沿って恋活に励む。

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