短編小説 ただ飲み (1150字)
この辺では朝から飲める居酒屋は、多くない。
午前10時、夜勤帰りの男たちが眠り薬に一杯引っかけて帰っていった。
お昼に成ろうとするこの時間は、いい歳をした職なしの若者が来る時間では無いし、働き盛りの若者が来る場所でも無かったが、最近は土日だけが休みとは限らないシフト勤務の若者が増えている。
しかし主役は定年退職した年寄りのフリーアルバイター達だ。
私は蛾が夜光に迷い、誘われ集うように、真昼間から酒匂に誘われ、ふらふらと駅裏横丁飲み屋の一人テーブルでチューハイを一口のどに流し、煮込みに箸をつけている。
奥の天井に吊られたTVを眺めると音が出ていない、画面では情報バラエティー番組でTVショッビングをやつている、
最近のTVは本当につまらない、
しかしこれは未だましな方だ、音を消しているのは正解だ。他の番組ならTV
の電源は入れるべきではない。
このTVは酒の肴には貧過ぎる。
などと愚痴りまた一杯飲むと、
隣の一人用テーブル席に40代位の小男が座った。
その男はスマホを覗きながらチューハイを飲み始めたが、その様子はどうも耳を傍立てて他の客の声を伺って話し相手を探している様に思えた。
私が3杯目のチューハイを頼んだ直後
ねえ、社長、大リーグに行った大谷て、知ってる
と、私に話しかけて来た。
私は
社長じゃないよ
男は調子よく
いいの、いいの、年上は皆社長なの、気にしないで。
私は
大谷を知らない奴なんていないよ、
男は、真剣な表情で
じつはね、大谷は、俺の弟なの
私は意表を突く返答に二の句が出ず、且つ、その男の小柄な体型を見返して
ぶフォーとチューハイを口から漏らしてしまった。
男は冷静に
ビックリするわな、実は義理の弟なのよ。奴は義理堅いから、毎年俺の誕生日に、エンゼルスの試合チケットを航空券付きで送って来るのよ。
私は飲み屋の天井を見て、
それは景気がいいね
と、返した。
毎年貰うんだけど、暇が無くてさ、行ったことがないのよ。
私は
もったいない。
男は
社長、何で行かないのて、訊いてよ。
私は
何で行かないの、
男は
貧乏暇なして言うでしょ。ハハハハハー。
私は
それは、その通り、仕方ない、貧乏じゃ暇はないなー。
男は次々話をした。
大谷は、お中元、お歳暮に、10万ドルの小切手を送って来る。
大きい声じゃ言えないが、発展場で猿之助に掘られた事がある。
山口組にケンカを売った事がある。
金はあるが、現金はない。
マレー虎と格闘した事がある。
と次々と話は続いた。
社長、トイレ混んでて、家に行ってするから、後よろしく。
と話、男は帰って来なかった。
会計は私が男の分も払った。
店員に、あの男の事を訊くと
ああ、ただ飲みのホラちゃんね。
と教えてくれた。
飲み屋を出ると、まだ、おテントウさまが、眩しい、午後3時だったが、
酔いが全身に回っていた。二人分払ったためかも知れない。
終わり。
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