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短編小説 クリスマスは古民家レストランで (1044文字)


僕の勤める認知症対応グループホームの筋向いに、古民家レストランが出来たのは、6月位だった。建設中はグループホームのバルコニーから丸見えで入居者の皆さんは興味津々で、何が出来るのか話題は尽きなかった。
その中でも、ふみさんの興奮は特に酷かった。
「あの家は私の実家の家よ」
誰にでもその話を何回も何回もし、入居者やスタッフに閉口される始末でした。そのあまりのしつこさに、ホーム長が建設中の現場に何処から移築されたのか訊きに行き、山形の古民家数件をバラして移築改修したとの情報を獲てきました。
「ふみさん、前の建設中の家は山形から持って来たんだって、ふみさんは、ハマッ子でしょ、横浜でしょ、違うよ」
「私は山形生まれなの、私の家」
ふみさんの経歴カルテには横浜生まれとなっています。
ふみさんの認知症は進んでおり、最近はスタッフもその話には、否定をせず本人の好きなように、話しを合わせるようになってきました。
古民家レストランが開店した時はグループホームのレクレーションとして皆で食事に行きました。
その時のふみさんは忘れたのか、自分の家と言う話はしませんでした。
12月に入ってからです。
「私クリスマスにあの家でバタークリームのクリスマスケーキが食べたい」
と何回も、何回も、言い出したのです。僕が、
「どうして、あの家でバタークリームのクリスマスケーキを食べたいの」
と、問うと、
「あんちゃんが、ケーキの、薔薇の花の、美味しいとこ、先に食べちゃて、泣いたんだよ」
わけがわかりません。どうやら、美味しい所を食べたお兄さんが許せないと言う事らしいのですが、・・・・結局、僕がふみさんに同行しクリスマスの日に古民家レストランに行く事になりました。
クリスマスの日、古民家レストランに入ると、ふみさんは、すたすたと、太い柱の傍のテーブルに着いて、僕を手招きして呼ぶのです。
当然バタークリームのクリスマスケーキ等ありません。
僕は、いちごの生ショートケーキとコーヒーを二人分頼みました。
ふみさんは、
「あんちゃん、いないね」
とキョロキョと、警戒しながら、ケーキのいちごの部分からフォークを入れ一口で食べ、にっこりしました。
ふみさんが僕を手招きして、指さしました。
「ねぇ、これ見て、悔しいから、わたし彫ったの」
太い柱の裏の方に
< あ ん ち ゃ ん の バ カ >
と何で、彫ったのか、キズが、確かに< あ ん ち ゃ ん の バ カ >とありました。
「あんちゃんは、美味しい所だけとっちゃうんだから」
ふみさんは笑っていました。
おわり















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