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エネルギーと産業革命

どうも、犬井です。

今回紹介する本は、E.A. リグリィの『エネルギーと産業革命―連続性・偶然・変化』(1991)です。この本は、1988年に出版された『Continuity, Chance and Change: The Character of the Industrial Revolution in England』を邦訳した書です。

本書は、アダム・スミスに代表される古典派経済学者たちが、誰一人としてそれ以降の経済成長を見通せなかったことを論点に据え、そこから、通常言われる意味での近代化ないし資本主義が発達したというだけでは、産業革命は起きなかったことを指摘しています。そこでリグリィは、資本主義の他に、高度有機経済から鉱物基盤のエネルギー経済への移行に焦点を当てています。

それでは以下で、簡単に内容をまとめていこうと思います。

経済成長の二様式

1550年から1800年の間に、イングランドは経済面でたいへんな進歩を遂げた。農業の生産性はほぼ2倍になり、人口の伸びは、他の西ヨーロッパ諸国が約80%に対して、イングランドは280%も増えている。実質所得の面でも、17世紀末の時点では、最先進国オランダに50%以上の差をつけられていたが、1800年段階ではヨーロッパ最高となっていたとみて間違いない。

こうした19世紀初頭までの成長は、主として高度な有機経済によって支えられていた。しかし、有機経済においては、成長に一定の限界がある。食料だけでなく、製造業で使われる原料もそのほとんどを土地から得ていたという事実をどうしようもないからである。土地の供給は固定しているので、生産を拡大するには、既存の耕地の生産性を向上させるか、あるいは不利な土地の開墾しかなかったが、どこかの段階で必ず収穫は逓減しはじめ、生産は次第に難しくなり、費用がかさむ自体を免れようがなかった。

そのため、古典派経済学者のほとんどが、これ以降の経済成長は困難であると考えていた。しかし、イングランドはこれ以降も生産を伸ばし、ますます繁栄していくこととなる。こうした成長は、鉱物をもととしたエネルギー経済に支えられるものであった。

高度有機経済

有機経済においては、成長が続くにつれて、それ以上の成長を妨げる障害がどんどん大きくなっていた。古典派経済学者たちが定常状態という概念を使って成長のこの限界の本性を解き明かそうとし、実質賃金が限りなく増えるという可能性を否定したのは、まさにこのような制約を熟知していたからであった。

とはいえ、有機経済の上で、イングランドが他国に対し優位を築いていったことには理由があるはずである。このことに関して、オブライエンとケイダーの研究が参考になる。彼らは、イングランドとフランスの農業の決定的な相違点として牧畜と耕作を挙げている。牧畜を行ったイングランドは、フランスよりはるかに高い労働生産性を達成できたというのである

産業化前の経済の基準でいえば、農業はエネルギー集約的なものであった。そもそも土は重いし、牧草地も手に負えない。干し草を牧場から納屋に運んだり、肥やしを牧舎から牧場に持っていくのも、大変な仕事量である。そのため、家畜がいる場合と、それが不足している場合とを比べても生産性に差が出てくる。とりわけイングランドは、人間の10倍ほどの仕事量を誇るを農業用として重用していた。研究によると、イングランドは1820年ごろに、100エーカーあたり5.8頭の馬を飼っていた。これは同時期のフランスの3.6頭を大きく上回る。

また、家畜が多ければ肥やしも多くなり、それが穀物の収穫量に大きく影響した。それだけでなく、食品の備蓄という扱いもでき、牧草を主食とすることから、管理費も抑えられた。

鉱物基盤のエネルギー経済

古典派経済学者の著書では、一人当たり生産高がどうして伸びるかといえば、その一番大きな原因は市場の拡大、運輸交通の発達と、それに機能分業の進化の三つが結合することである。しかし、結局はこれらも、人に筋肉や家畜の力だけでは、生産の限界にぶつかってしまう。

この限界を打ち破ったのが、熱源・機械エネルギーの入手とその利用である。とりわけ、蒸気機関の登場は輸送技術を大きく発展させ、市場拡大と分業発展の産婆役を果たした。

まず、この働き者の機械は、大量の石炭を食べる大食漢であった。つまるところ、石炭がどれだけとれるかが、人間を骨の折れる仕事から解放するかを左右した。ピッケルで掘ったり、石炭をトロッコで運んだりと、石炭を掘る作業ほど産業改革以前的なものはない。しかし、このエネルギーは確かに経済全体を劇的に変える力を持っていた。

また、彼のような巨躯の機械は、我々を土地の制約から解放した。炭を作るための森林がどれだけあるかを心配しなければならない有機経済では、製鉄産業はごくわずかなものにとどまるだろう。しかし、廉価な鉱物燃料が手に入るようになってからは、つまり、農産物を原料としない鉱物経済になってからは、金属工業、工作機械、エンジニアリングにはじまって、陶磁器類、レンガ、ガラス製品、さらに工業薬品、精製化学製品、造船、鉄道・運輸機械、電気器具など大抵の耐久消費財が供給されるようになった。

連続性・偶然・変化

ある経済が安いエネルギー源を活用して、大規模に熱を必要とするような産業を育て、競争にも勝つようになっても、もしそのエネルギーをフローでなくストックから得ていて、しかもそのストックが枯渇してしまえば、この経済は衰退を免れない。

イングランド経済のいくつかの部門では、安いエネルギーが手に入らなければ成長は不可能であったし、そのエネルギーは石炭であった。この限りにおいて、イングランド経済の成長を構造的にどう把握すべきかというときには、いわば(神との契約で)義務をともなわない天恵だとでも考える方が用心深い態度だと言えるのではあるまいか。つまり、この恩恵が偶然の賜物であって、連続的な発展の結果ではないとするのである。これはいかにも言い過ぎではないかと感じる向きもあろう。しかし相当量の石炭が、まずは採掘可能といっていいような層として存在したということが、他の資源とは無関係に、時の経済体制とも無関係に、稀有の地質学的特性であったという意味においては、これを「偶然」とよんでも言葉の濫用とはなるまい。

有機経済に必ずつきまとう限界から逃れるには、通常の意味での資本主義が必要だったばかりでなく、あるいは近代化されることが必要だったばかりでなく、資源供給を農業生産の年々のフローに頼るのでなく、だんだん多く鉱物のストックから手に入れるという意味で「資本主義」的にならなくてはならなかった。とりわけ、それまでのように生産に必要な動力やエネルギーを再生可能なエネルギーに頼るのではなく、エネルギーの巨大なる蓄積の口を切るという意味での「資本主義」が必要なのであった

イングランド経済は、この両方の意味でまさに資本主義的であった。しかし、この二つの意味の資本主義の間の関係は、はじめは因果関連的というより偶然なのであった

あとがき

産業革命以前と以後の主要なエネルギーに注目して、イングランドの発展を記述した良著であったと思います。特に、農業が主要産業である有機経済においては、家畜(=馬)が生産性の向上に深く関わっているという指摘は、それなりに説得力がありました。また、今回の話は、以前にまとめた『世界システム論講義 ──ヨーロッパと近代世界』とも親和性が高いため、並列して読んでみるのも良いと思われます。

では。

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