見出し画像

新世紀マーベラスnovel episode1(1)

ルミナにとって、妹の存在は寿命だった。
無邪気な笑みを浮かべるその顔を思い出す。
『お姉ちゃんっ!』
何をするにも後ろをくっついてきた愛らしい姿がふとした拍子に過ってしまう。
その名をアイナといった。
妹は楽園へと旅立った。
とはいっても、死んだわけではない。
もしそうなっていたのなら、ルミナもまた今この世にいないのだから。

 ルミナの朝は早い。
辛うじて骨にしがみついているような鶏肉の欠片という貧相な朝食を早々に終える。
自身の手でざんばらに切ったショートカットの髪に月を模した髪飾りをつける。それは妹に渡したものと対になっている。
「おはようルミナ。あんたまた痩せたんじゃないかい?」
仕事に向かうべく家を出たルミナに声を掛けてきたのは隣に住むおばさんだった。
廃材を奇跡的なバランスで積み上げてできたボロ家の、玄関扉代わりのボロ布の仕切りからひょっこりと顔を出している。もっとも、ボロ家に住んでいるのはルミナも同じだが。
「おはようおばさん。そんなのここじゃ当たり前でしょ?」
「そうは言ったってあんた、楽園に妹を送り出した分のお金はもらったんだろ?ご馳走でも何でも食べればいいじゃないか」
「……」
「まあいいけどね。あんた、たまには自分のことも大事にしてやんなよ」
「……じゃあもう行くから」
「いってらっしゃい。行く途中でカモれそうな奴見かけたらここに呼んどくれよ」
「いーや、自分で探してよ」
住宅街と呼ぶには貧相な街並を駆ける。まだ弱い陽光に照らされる薄褐色の肌は、実情を無視して見てくれだけならば健康的で美しい。
どこを見てもトタンやボロボロのレンガや折れた木材を寄せ集めて作った家ばかりが建ち並んでいる。廃材やうらぶれている者たちで雑然とした道をひょいひょいと器用に移動しながら目的地へ向かう。
ルミナが産まれる少し前、世界中で争いが激化して世界は荒廃した、らしい。
 今ではどこも似たようなものだと周囲から聞かされているが、彼女自身はあまり信じていなかった。なぜならこれから向かう場所が荒廃とは無縁なのを知っているからだ。
 目指すのは、楽園と呼ばれる施設。
街を俯瞰するように丘の上に建つ白亜の殿堂、その外周にルミナの職場はある。
 道中、半分死体のように倒れている者や瓦礫に背を預けてぼうっとしている者を見かけた。大方クスリでトンでいる真っ最中なのだろう。最近やけにそういう輩が増えた。
 この街にまともと呼べる大人はそう多くない。
大半が犯罪に身を染めているか、現実から逃れるためにクスリに溺れているか、もしくはその両方か。数少ないまともな大人は搾取する側で、老人だろうと子どもだろうと容赦なく労働力として使い捨てる。
それでもルミナの住んでいる地域はまだマシな方だ。住民同士の結束が固かった。だからルミナは子ども一人暮らしでもどうにか暮らしていけた。スリや詐欺、その他幅広く犯罪を犯している故の結束力といえば褒められたものではなかったが。だがそうしなければ生きていけなかったのだ。
仕事に就いても、ほとんどがまともに暮らしていけない程度の収入しか得られない以上、できることなどそのまま餓死するか犯罪を犯すことしか残っていなかった。
流れていく見慣れた街の景色の中に、ふと見慣れない人影が見えて思わず足を止めた。
 長身のその女は穢れを知らぬ白い肌に血のような紅い瞳をしていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?