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新世紀マーベラスnovel episode1(51)

楽園がなくなってもすぐに街は変わらない。
 LSPの活躍で売られていた子どもたちの奪還には少なからず成功している。
それに貢献したのがアイナの部屋に残されていた資料なのだという。
彼女は楽園に潜入後、人身売買のルートを探り出していたようなのだ。
 とはいえ、街自体立ち直るのにも時間が掛かるし、一度蔓延してしまったクスリの影響を完全に取り除くのは難しい。
依存から抜け出せない者、抜け出したものの離脱症状に苦しむ者、クスリのせいで家族を失ったもの様々で、残された爪痕は大きい。
 だが、どこか彼らの表情は前向きで明るいように、ルミナには思えた。
『極力暴力沙汰なんてない方がいい。だけどね、知らない間に誰かが代わりに手に入れてくれた平和なんて、所詮長くは続かない。また同じことがあった時、彼らは代わりにやってくれる誰かを探してしまうだろう。だから、発起人は彼らである必要があった。自分たちで立ち上がり勝ち取った。そんな自信が彼らには必要だったんだよ。たとえ我々の干渉があったとしてもね』
 桜夜づてに聞いた彼女たちの上司からの言葉だ。
確かに楽園の策略によって、あらゆる方面から妨害を受け失敗し続けた街の者にとって、他者の助けを借りてでも、自分たちで成し遂げたという成功体験が大事なのだろう。
そう思う一方で、ルミナは独り取り残されたような心地がしていた。
いや、自ら取り残されることを選んでいたと言った方が近かった。
前に進むことを拒絶していた。
「ルミナ、大丈夫かい?」
仕事に出ようとすると、隣のおばさんが話しかけてきた。
以前よりも幾らか体格の良くなった彼女とは対照的に、ルミナはますます痩せこけている。
「ほら、これ食べな」
「……ありがとう」
差し出されたパンと果物を両手に持ったまま、ルミナは仕事場へ行く。
以前働いていた場所は楽園の崩壊によりなくなった。
その代わりに現在は元楽園だった場所で、流通品の仕分けをしている。
「これ、あげる」
いつも一緒に働いている歯の抜けた子どもにパンと果物をあげると喜ばれた。
後でソーセージを挟んで食べるのだと言う。
前よりも充実した疲労感とともに仕事を終える。
みんながみんな笑顔で帰り支度をするなか、ルミナの気分はもしかしたら楽園が崩壊する前よりも落ち込んでいた。
胸にぽっかりと空いた穴があらゆる前向きな感情を吸い込んでいるようだった。
家に帰っておばさんに「ただいま」と声を掛けると、お客さんが来ていると言われた。
自身の家を覗き込む。
「あ、おかえりなさい!」
 ――アイナ?
迎えられる明るい声に心臓が跳ねる。
「おかえりなさいませ」
続く冷静な桜夜の声に、それがエマだったことに気づかされた。
「エマ、桜夜さん、来てたんだ。いらっしゃい」
内心の落胆をどうにか隠して笑顔を浮かべる。
どうやら今日ここに来たのは、アイナについて情報を提供するためだったらしい。
「アイナは自分の後継機です」
そんな桜夜のセリフから話は始まった。
エマたちが所属するLSPは、とある人物を追っている。
その人物――春田さくらは現在とある組織のトップとして活動している。
ワルベラスと呼ばれる、過激派組織だ。
彼らは彼らの信じる信念のもと、正義を成しているのだと。
そしてその組織こそがアイナを作り出した張本人なのだと。
「春田さくらは、元々LSP発足メンバーの一人でした。アイナの開発にはその時の資料を流用したものと思われます」
「そう、なんだ……」
ルミナの上澄みだけをすくい上げたような返事に、エマが窺うように見てきた。
説明をしてくれるのはありがたいが、どうにも話が頭に入ってこない。
ルミナにとって大事なのは妹のことだけであり、それ以外のことは何を言われたとして全て雑音にしかならなかった。


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