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新世紀マーベラスnovel episode1(47)

熱線に貫かれてボロボロの体を引きずりながらアイナは教導長を追っていた。姿は見えないが、発信機がついている。彼はレジスタンスから逃れようと上へ追い詰められているようだった。
それこそ逃げ場がなくなってしまうのに、そこまで頭が回らないほど焦っているらしい。
よくそれでこの規模の組織を創り上げたものだと、いっそ感心すらしてしまう。
道中現れる楽園の衛兵たちを打ち倒しながら、アイナは教導長のもとを目指す。
「……ぐっ」
エマにやられた傷に加えて連戦による消耗が激しい。
片足を引きずるようにして廊下を進む。
その時。
「――アイナ!」
「――」
呼ばれた声には聞き覚えがある。ここにはいないはずの少女の声だ。
果たしてその声の主はルミナだった。
彼女はぜえぜえと息を切らして、彼女は胸を押さえながら近づいてくる。
引きずる足に気づかれないよう背筋を伸ばしてみるも、体の傷はそこかしこにできておりもはや焼石に水だった。
「アイナ、大丈夫?」
「――っ、近寄らないで」
手甲剣を振り回す。
そんな妹に、ルミナは悲しげに目を伏せて足を止めた。
「ねえ、教導長を追ってるの?」
「……」
沈黙を肯定と捉えたのか、ルミナは「そう」と頷いた。
「ねえ、人殺しなんて駄目だよ。アイナが辛いだけでしょ? そんなこと、アイナにしてほしくないの」
 ――なぜここにいる。散々傷つけて二度と会わないよう仕向けたのに。
モヤモヤと胸中にわだかまっているものの正体が明確に掴めない。
「だから、もう帰ろう?」
問いかけられた灰銀の髪の少女は一瞬目を見開いて、すぐに冷徹な仮面を被り直す。念入りに、間違っても外されないように。
「何、言ってるの?」
「……だって、よくないことはしないようにって、そうやって私たち姉妹で今まで生きてきたじゃない」
「だから、それは嘘だって言ったよね」
苛々とアイナが吐き捨てた。
「あなたが信じたもの全部嘘なの。清く生きていれば楽園へ導かれるなんてくだらない考えも、あなたの記憶も、楽園だと信じていたこの場所も、全部嘘。あなたに希望なんて何も残されてないの。わかる?」
過剰な否定で姉だった者を殴りつける。
ルミナが唇を噛みしめて、溢れ出そうとする涙を必死にこらえている。そして――
「……あなた、じゃない。……お姉ちゃんでしょ?」
「――っ、うるさいなぁっ!」
アイナが押し飛ばすとルミナは背中から倒れ込んだ。
「邪魔しないで! いい加減にしないと本当に殺すから!」
ルミナが背中を強く打って咳き込む。
だがそれでもなお、体を起こす。
「そうやって、駄々こねたって、無駄、だから……っ」
「なんなの⁉ 私は人間じゃないって言ってるのに! あなたの妹なんかじゃないって言ってるのにどうして聞いてくれないの⁉」
「……楽園が嘘でも、記憶が嘘でも、信じてたものが間違いだとしても、自分のやってきたことは間違いなんかじゃないって、まだ信じられるから」
ルミナが、ふ、と笑う。
「アイナが私を遠ざけようとするのが、私のためだって信じられる、から」
吐息が儚く、薄暗い廊下に溶けていく。
「……間違いなんかじゃない。ズルしないで生きてきたのも、アイナと過ごしてきたのも……まだアイナを信じてるのも全部。全部間違いじゃないって、信じてる……!」
「――っ」
 ――どうして。
アイナの顔がくしゃくしゃに歪み、震える唇を押し開けて――
「私はっ、妹じゃない!」
今度こそ力任せにルミナを突き飛ばして、アイナは駆けた。
エマに焼かれた太ももが悲鳴を上げている。
それでも進まなければならない。
命令を遂行できないと、機械人形たる自分に存在する意味などないのだから。
「灰銀の髪、あのガキだ!」
前方にまた衛兵。
今度のは数が多い。
体の動作が鈍い。
――なぜ私はアンドロイドなのに、痛みを感じるように作られたのか。
全身の至るところから危険信号とともに痛みを感じる。
だが、本当に痛いのは――
「あああぁぁぁぁ――!」
雄たけびを上げながらアイナは手甲剣を構え、がむしゃらに突っ込んでいった。


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