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花のコートのあなたへ

あなたが鉄の塊に轢き殺された日が、今年もやってきたよ。
私はまだ、18歳のあなたの隣から、動けずにいます。


あのね、ずっと考えてるの。あの年のあの日、あの時間に戻れたらって。

もしそれができたら。
私はシャワーを浴びていないことも構わずに家を飛び出して、駅に着くまでに、あなたが頼りにしていた教会の関係者の人に連絡するよ。あなたを助けてって。
そして、あなたのいる駅に向かいながら、あなたとLINEでしりとりでもしようかな。
その瞬間を、できるだけ先延ばしにして、あなたの命を延長するよ。

駅であなたに会えたら、ホームにいて冷え切っているであろうあなたを連れて、ファミレスにでも行こうかな。そこで、カミサマなんか知らねー!って、2人で話そう。
この後、合唱の練習の予定があるけど、そんなの2人でサボっちゃおうよ。あとで一緒に怒られらようね。高校3年、まとめ役の責任を放棄したって叱られるかもしれないけど、そんなことなんて、あなたが死んじゃうことと比べたら、屁でもないよ。



あなたとの写真も動画も、もっと撮っておけば良かった。
私の手元には、一つもないんだ。
でも、共通の友人にあなたの写真や動画を送ってもらっても、それを見る勇気が、私にはまだ無いよ。画面越しでしかあなたに会えないのは、あなたの存在を全く認識できない今より、つらい気がするから。


高校の卒業式も、成人式も挙げる前に、お葬式を挙げるなんて、悲しすぎるよ。

お葬式の日、同期の子たちは、みんな泣いてたよ。
私は泣けなかったんだ。だってさ、私よりあなたと仲の良かった友達が泣いてるのに、あなたと少しの間しか交流が無かった私が泣くなんて、許されないじゃんね。私には、泣く資格なんて無かったから、喉の奥をキュッと締めて、必死に涙を堪えたよ。


冬の日、あなたは袖口に花の刺繍を施された、黒いコートを着ていたね。
私が、そのコートかわいいって言ったら、「安かったの。1980円!」って、あなたは笑った。


私たちね、まだそんな浅い交流しかしてないんだよ。もっとあなたと、宗教のことについて話したかった。教会のことをどう思ってるのか、あなたに聞きたかった。

ねえ、あなたはどんな色が好き?花は好きかな?犬と猫だったら、どっち派?
好きな人はいる?
一緒に服を買いに行かない?あなたのセンス、とっても良いと思ってたんだよね。
どの季節が一番好き?私は春が好き!でも、あなたは花粉症だったっけ。
バイト頑張ってさ、ちょっと奮発して、卒業旅行に行こうよ。ディズニーランドでもいいなあ。って、私なんかと行くのは嫌かもね。


あなたの最期の瞬間のことを考えると、心臓が紙のようになって、グチャグチャって握り潰されるような気がするよ。奥歯を噛み締めて、あなたの終わりを想像するよ。


悲しいね。もっとあなたと話したかったよ。きっと分かり合えるところがあったと思うんだ。
今はね、あなたが生きていた時、あなたが頼りにしていた教会の人に、あなたの話を聞こうとしてるよ。まだ返信はないんだけど。


それが終わったら、必ずあなたの逝った駅を訪ねて、花をお供えするから、待っていてね。
勝手にあなたのことを探ってしまってごめんなさい。
でも、私は私で、ちゃんとあなたのお葬式を挙げたい。だから、許して欲しいな。なんて、ワガママかもね。


今年も、あなたに祈るよ。
あなたがどうか、暖かくて、優しくて、明るい場所にいますように。心穏やかであれますように。



ちゃんとお葬式ができたら、また手紙を書こうかな。受け取ってくれるといいな。待っててね。


それじゃあ、また。

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