パンケーキで動き出す

朝6時前に起きて、あ〜今日も何もできないな、と思った。
ここ3日ほど、ほとんど食事をしていなくて体が重いし、昨日なんかは本当に酷いメンタルだったし。

仕事へ行く家族の見送りもできず、ぐずぐずと布団の中。カーテンの隙間からチラッと青空が見えて、今日は晴れているということを知った。

お腹は減っている。朝から腹の虫がグルグル鳴っている。でも、具体的に何かを食べることを想像すると、「いらないな」と感じて、食べないという選択をしてしまう。
布団に横たわって心臓の音を聴きながら、このまま栄養失調とかで死ぬのかな、それも良いかもしれないなと思った。

手持ち無沙汰のなか、何気なく開いたインスタグラム。私は、パンケーキを主とした、スイーツの投稿だけを見るアカウントを持っている。
画面に映る、ふかふかのパンケーキ。季節の果物に彩られたフワフワの生地に、優しくナイフが入っていく。それが不思議とキラキラと輝いて見えて、おいしそう、と思った。これなら食べられるかもしれない。食べたい。
でも、エネルギー不足のこの体の状態で遠出は無理だ。

そこで頭に浮かんだのが、ファミマで売っているスフレプリンだった。もはやパンケーキではない。ジェネリックにすらならないかも。
そんなことも構わず、よし、駅前のファミマまで買いに行こう、と決めた。

私はけっこう思いつきで行動するところがある。

そうと決まれば、風呂に入らなきゃ。
服を脱いで、鏡の前に立つ。お腹へっこんだな〜。ほとんど腹に何も入ってない状態だからかな。私としてはこれくらいが理想なんだけどな。なんて思いつつ、シャワーを浴びる。
シャンプーをしたところで、息切れがしてきた。腕が重い。体力ってこんなに簡単に落ちるんだと、ちょっとショックを受ける。
なんとかトリートメントもして、ついでに洗顔もして、そこで限界だった。疲れた。体を洗うのは諦めて、汗だけ流して風呂を出た。
うん。頑張った。

顔面の保湿、その後ドライヤーをかける。これが大変だった。
まず、ドライヤー本体が重い！これを持って腕を上げて髪を乾燥させる？何分もかけて？
無理！
しばらく休憩して、やっと取り掛かる。終わった時には、疲労感がどっと増していた。

それでも、ここまでしたからには、行かねばなるまい。駅前のファミマへ。

執念である。

なんとか服を着て、財布とスマホを持って、父と外へ出た。
思っていたより風が冷たくて、カーディガンを羽織りに家へ戻る。私が布団にこもっていた四日間で、秋が来てしまった。

ゆっくりゆっくり、足を動かす。
思い出すのは、うつ病になって一年目の冬。今と同じように、ほとんど物を食べられなかった。外出する時は親に手を繋いでもらい、地面を見ながら、亀のような歩幅で歩いていた。

またあの時のように、亀になってしまった私。
それでも違うのは、目線を上げられるようになったこと。
空に秋の雲が流れている。道端に彼岸花が咲いている。照りつける日差しが柔らかくなった。
私が家から出られなくても、季節は巡っている。

途中、ベンチで休憩を挟んだ。目的地まで半分くらいの所。
うつ病の自助会のようなものがないか、思い立ってスマホで検索してみる。地元ではやっていなかったが、隣の市で、ちょうど来週にそのような会が開かれることを知った。
父と相談して、行ってみることにした。
そこで自分のことを話せても、話せなくても、とにかく行ってみよう。なんだか私、急に前向きだな。

10分ほど休んで、また歩き出す。
父と、なんでもない話をしながら、ゆっくり歩を進める。

目的地に着いた。

スイーツの棚の上、スフレプリンは、20円引きのシールを貼って、そこに輝いていた。
迷わずそれを手に取る。君に会いに、ここまで来たんだよ。

父も少しスイーツを物色して、ふらっとアイスコーナーへ。
「食べる牧場ミルク」というファミマ限定のおいしいアイスが、なんと50%増量していた。これも迷わずお買い上げ。

父のプリン、母へのコーヒーゼリー、そして私のスフレプリンとアイス。しめて974円のお会計。コンビニで使うには高いお金だったけど、ほくほくとした気持ちで店を出る。

ここまで来て良かったな。

帰りはアイスが溶けないように、気持ち速めに歩く。
家に到着した時には、息も切れ切れ、足はガクガク。酷い状態だった。
喉も渇いていたので、常備してある綾鷹を胃に流し込む。

パンケーキから始まった急な思いつきで、止まっていた時間がグンと動き出した気分だ。
ついこの朝まで、死にたい気持ちで溢れて、鬱々として布団を家としていたのに。

お昼ごはんには、このスフレプリンを食べようと思う。一口でも食べられたら、今日はそれで充分だ。
本当に疲れたけど、充足感がある。やって良かった。行って良かった。

なぜ突然こんなエネルギーが心に湧いてきたのかは分からない。でも、一山越えたのかな、と思った。

今日からはまた、少しずつ動き出せそうな気がする。動けなかったとしても、それはそれで良い。
ゆっくりいこう。亀の歩みでも、いつかは山頂へ辿り着けるから。

私を動かしたパンケーキ、もといスフレプリン