ドイツ人の親友Mr.Jとの思い出 1 / 親友との出会い 難しいことを誰にでも分かるように簡単に説明することが1番難しい

1989年10月、僕は部長に呼ばれた。
「鈴原君、来週からヨーロッパに出張に行ってもらう。パスポートは持っているね?」
「はい部長、課長に言われ先月申請し届いています。」
「出張先は、コペンハーゲン、ミラノそしてドイツだ、メインはドイツ市場。ヨーロッパ1の工業国なのに、我社は他社よりも参入するのが遅れて苦戦している。知っているね? そこで、ドイツ支社が、
40歳の腕利きのセールスマンを引き抜いた。君はその男と組んでドイツ市場を営業することになる。今回の出張で営業して来る以上に大切なのは、その男と信頼関係を築いて来ることだ。いいね。」
「はい、わかりました部長。」

10月5日、ミラノから飛び立った飛行機はドイツ第2の工業都市シュツットガルトに到着した。
日本人の赴任者が車で迎えに来てくれていた。
車のなかで、
「鈴原さん、お疲れ様、いい時に来ましたよ。
ドイツの人たちは、夏になると長期休暇を取ってバカンスを楽しみますが、殆どの場合、海岸のリゾート地でゆっくり日光浴をするんですよ。何故だと思いますか? 日照時間が少ないからなんですよ。
ドイツは11月の下旬から春まで、天気が晴れになることは殆どありません。曇りの日が殆どで、時々、雨や雪が降るだけです。私はもう慣れましたが、赴任した最初の年は気が滅入って来て、ノイローゼになりそうでしたよ。」
ドイツはそういう国なんだと思った。確かにデンマークと国境を接していて、北欧と隣り合わせだ。

ドイツ支社に着くとミーティングになった。そして
腕利きセールスマンを紹介された。
身長は180cm位、少し茶色がかった黒髪で、
口髭を生やしていた。しかもドイツ人らしいガッチリとした体型だった。
休憩時間になり、珈琲とクッキーが運ばれて来た。
この頃はみんな煙草を吸っている時代だった。
僕が煙草に火をつけると、その腕利きセールスマンが話しかけて来た。
「良かった。お前は煙草を吸うんだな。」
そう言うと、そのセールスマンは赤いマルボロを箱を2箱テーブルの上に置いた。
「お前が吸っている煙草を俺に1本よこせ。」
そのセールスマンは、僕が渡した煙草に火をつけ大きく吸い込んで吐いた
そして、
「これはベビーシーガレット(お子様用の煙草)だな、今からこれを吸え。」
と言って、マルボロを1箱僕に投げてよこした。
「マルボロを吸うのか?」
「そうだ、今からマルボロを吸え。」
これが僕と親友との出会いだった。

ミーティングが終わり、腕利きセールスマンとだけのミーティングになった。

「俺のことをJ(ジェイ)と呼べ。」
「どうしてだ? ドイツ語でジェイとは発音しないだろう?」
「俺は高校の時から皆にそう呼ばれているんだ。」
「どうして?」
「どうでもいいことに、いちいち疑問を感じるな
とにかくJと呼べ。」
「分かったよMr.(ミスター)J。」
「ミスターは要らないJでいい。」
「分かったJ。僕のことはユウキと呼んでくれ。」
「ユウキか、分かった。」

僕はJに会社概要と製品のプレゼンテーションをした。するとJは、
「お前のプレゼンテーションは難し過ぎる。難しいというのは、俺が理解できない出来ないという意味ではないぞ。難しいことを難しく説明することは、誰にでも出来ることだ。難しいことを誰にでも分かるように簡単に説明することが1番難しいんだ。
それとお前のプレゼンテーションはつまらない。
眠くなって来る。もっとジェスチャーをま交えて、楽しくプレゼンテーションしろ、それからジョークの1つくらい言え。俺が手本を見せるから見ていろ。」と言った。

Jは身振り手振りを交えてOHPで写し出されたスクリーンを指差しながらプレゼンテーションをした。
そして、ジョークを言っては笑わせ、大事な箇所に来ると、資料の5ページを開いてください、と言った後、僕のところに来て、
「そうです、そのページです。この部分にアンダーラインを引いてください。」
と言い、プレゼンテーションを続けた。
Jのプレゼンテーションは楽しく、眠くなるようなことはなかった。
そして、
「分かったか?今のを参考にもう一度プレゼンテーションをしてみろ。」
と言った。

結局僕はJに5回ダメ出しを食らい、6回目にして
漸くOKをもらった。
「まあ、そんなもんだろ。それから、ジョークくらい自分で考えろ、俺のジョークを使うな。」
「分かった。」
「少し早いがランチに行くぞ。」
「J、少し早いって、まだ11時だぞ。」
「午前中の仕事は終わった。問題ない。
ユウキ、営業という仕事はお客様の都合に合わせなくてはならない仕事だ。いつも定時にランチが食べられるとは限らない。ランチは食べられる時に食べておく、が営業の鉄則の1つだ。分かったな?」
「分かった。」

僕はランチを食べに、Jとオフィスを出た。








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