忘れられない恋物語 映画恋に落ちて 小さな街の小さな映画館の女性 愛と青春の旅だちのザックのような男

大学3年生の夏休み、僕は地元に帰省しバイトしたお金で自動車教習所に通っていた。
夏休み中に運転免許証を取得し、父親の車を借りて
初めてのドライブに出かけた。

僕は長野県に実家があるので、初ドライブは白樺湖に行くことにした。山道ということもあって、後続車を先に行かせたりして白樺湖に到着した。
そこでお昼を食べ、またゆっくりと車を運転しながら麓の小さな街まで下りて来た。

スポーツ公園の駐車場に車を停め、あまり来たことのなかったその街をゆっくりと歩いた。
駅の近くまで来た時、小さな映画館を見つけた。
愛と青春の旅だちが上映されていた。見たいと思っていた映画だったので、その映画館の中に入った。

スレンダーで髪の長い若い女の人がチケットを売ってくれた。
「私の映画館に来てくれて、ありがとう。きっと
愛と青春の旅だちを上映してるから来てくれたんだよね?」
「はい、そうです。」
「私の映画館では古い映画しか上映しないんだけど友だちと見た愛と青春の旅だちが好きになって上映することにした。でも、こんな小さな映画館では、赤字になっちゃうかも。今日みたいに満員になってもね。100人くらいなの。」
「あの、私の映画館って?」
「亡くなった父の映画館の後を継いだのよ。」

愛と青春の旅だち、いい映画だと思った。
主人公ザック演じるリチャードギアさんは今でこそ白髪の紳士だが、若かりし日のリチャードギアさんは、男が見ても惚れ惚れするくらいカッコ良かった
ラスト、主人公ザックが鬼教官の訓練に耐え、海軍士官学校を卒業し、真っ白な制服で町工場で働く
彼女を迎えに行き、抱きかかえて歩き出すシーンは
感動だった。観客の女の人たちは涙を流していた。
 
映画館を出る時、これから上映予定の映画を書いたチラシを貰った。古い映画と言われたが、確かに新しくはないが、古典映画ほど古くなく1970年代以降の映画ばかりだった。
僕はその中に、戦略大作戦という映画の名前と、
華麗なるギャッツビーの名前を見つけた。
その映画を見に来ようと思った。

平日は父親の車を借りられないので、僕は電車に乗ってその映画館に行った。
戦略大作戦とは1970年のコメディ戦争アクション映画で主演は、クリント・イーストウッド、
テリー・サバラス、ドナルド・サザーランドで
テレビの映画番組で見て大笑いした映画だった。
華麗なるギャッツビーは、スコット・フィッツジェラルドの原作しか読んだことがなかったので見てみたかった。今の若い人たちは、レオナルド・ディカプリオ主演の華麗なるギャッツビーを見ていると思うが、僕が見たのはロバート・レッドフォード主演の1974年の映画だった。

映画を見終わり、出口に向かって歩いていると
「この間見に来てくれた人よね?仕事は? それとも学生さん?」
「大学3年生です。夏休みで地元に帰って来ています。」
「映写室見てみる? 今日はもうお客さんいないから。」
「お願いします。」

細い階段を上ると小さなドアがあり、その中が
映写室だった。
「これが映写機よ。」
「どうして映写機が2台あるんですか?」
「これが映画のフィルムね。これ1つでは全部上映出来ないの。フィルム2本分必要なの。映画の途中でフィルムを交換出来ないから、1本目が終わりそうになったら、もう1台の映写機でスタンバってて一瞬の内に切り替えるの。これ熟練技よ。
夏休みで帰省していると言ったけど東京の大学?」
「はい、そうです。」
「アパートで独り暮らし?」
「そうです。」
「東京の何処に住んでるの?」
「板橋区です。」
「ホント? 私も短大生の時に板橋区のアパートに住んでいたのよ。東武東上線のときわ台の駅から直ぐの所に私のアパートがあったの。」
「僕のアパートは東武東上線の大山駅から歩いて
10分くらいの所にあります。」
「都営三田線だと板橋区役所前の駅になる?」
「はい。」
「懐かしい。私、時々、仲宿商店街に買い物に行ったのよ。ねえ、今日、これから予定入ってる?」
「何もないです。」
「お昼ごはん食べながら、板橋の話をしない?」
「はい。」

美味しい蕎麦と天重があるお店に連れて行ってくれた。その人は百瀬恵美という名前だと言った。 
恵美さんは、ざる蕎麦と天ぷらのセットを、僕は
ざる蕎麦と天重のセットを食べた。
30分ほど板橋区の話しで盛り上がった。
デザートの抹茶アイスが出て来ると、
「鈴原くん、雨の中のキスシーンと言えばどの映画?」
「オードリー・ヘプバーンのティファニーで朝食をだと思います。」
「その通り、映画史上最高傑作の雨の中のキスシーンと言われてる。
短大の時に大好きな彼がいてね、雨の中でキスをした。あの後、幸せになりたかっなぁ〜。」
そう言うと恵美さんは、少し懐かしそうに微笑んだ後、涙を浮かべて悲しそうな目をした。
「今月で映画館を閉めるつもりなの。あんな古い映画ばかりではお客様も来ない。ただ赤字になって行くだけ。私の映画館は駅の近くにあるから、土地的にはかなり良い値段で売れることが分かったから決断したの。私は映画館を売ったお金で日本中の映画館を廻るつもり、そして、映画館のお家にお嫁に行くの。」
「恵美さんの1番好きな映画は何ですか?」
「つい最近公開されたばかりの映画なんだけど、
恋に落ちて、っていう映画。ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープ共演の映画。お互いに家庭を持つ男女が恋に落ちる、純粋な不倫映画。
鈴原くん、短大の時の私の彼がどういう人だったか分かるでしょ?」
恵美さんは、抹茶アイスと一緒に出て来た緑茶を
ゆっくりと飲んだ。
「鈴原くん、愛と青春の旅だちのザックのような男になって。海軍士官学校を卒業して真っ白な制服を
着て、彼女が働いている工場に行く。そして、彼女を愛してると言って抱きしめて、そのまま抱き抱えて連れて行ってしまうような男。日本にもそんな男が1人くらい居て欲しい。」

店を出ると雨が降っていた。
恵美さんは、元気でね、と言うと雨のなかを走って行った。

僕も、恋に落ちてという映画を見て好きになった。
僕はロバート・デ・ニーロのファンだが、ロバート・デ・ニーロの大好きな映画の1つになった。

今でも時々、映画を見に行ったり、映画館を見かけると、恵美さんのことを思い出すことがある。
愛と青春の旅だちのザックのような男。
若き日のリチャード・ギア演じるザックは、僕たちの世代の男にも憧れの存在だった。






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