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10年越しの夢を捨てる時が来た

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どんな人生にも、希望はあると信じて。
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2023年5月の記事一覧

10年越しの夢を捨てる時が来た #12 【了】

10年越しの夢を捨てる時が来た #12 【了】

ー10年。

 長いようで、短いようで、少しは成長できたような、やっぱり何も変わっていないような、振り返れば駆け抜けた日々だった。がむしゃらに、時に荒々しく、夏菜子は目の前の患者に向き合い続けた。

 うつ病から復帰して何年かは、職場で過換気症候群に襲われて休ませてもらうことがあったり、朝目覚めたら失声症状が起こっていることがあったりした。看護師よりも負荷の低い仕事が他にたくさんあると分かっていな

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10年越しの夢を捨てる時が来た #10

10年越しの夢を捨てる時が来た #10

「佐藤さんは、いつもお弁当を自分で作ってるんですか?」

 昼食を摂るために休憩室にいると、不意に声を掛けられた。いつも看護師長との面談の時に、隣でパソコンを操作している事務スタッフの中村だ。妻子のある中村は、いつもコンビニ弁当を持って休憩室に現れる。穏やかな口調で、いつも目尻に皺を寄せている眼鏡をかけた細身の男性だ。
「はい。でも、作ってるなんて大層なものではないですよ。前日の残りを適当に詰めて

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10年越しの夢を捨てる時が来た #11

10年越しの夢を捨てる時が来た #11

 最近いつもボーッとしている。脳に薄雲がかかったように思考がハッキリしなくて、視界が霞む。自分の目で見ているビジョンがどこか遠い世界のことのように感じて、まるでテレビで他人の物語を眺めているようだ。今さっきの出来事がしっかりと思い出せなくて、生きている自分に色を感じない。

 夏菜子はこの症状が何なのかを知っている。離人症だ。

 よくは思い出せないが、中高生とか思春期の頃によくこの感覚に陥った。

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