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策略のワクチン

官邸 2025年

 この国の未来予想図は中枢はわずか数人の会議と言う名の密談で決められた。
「ワクチン効果が想定通りで、高齢人口削減で一安心ですね…、総理」と真栄田官房長官が話すと、今やメガネがトレードマークの南波総理大臣がニヤリとして頷き、「真栄田君、我々も高齢だからね」と、他人事の様に高笑いしていた。官邸内で話すホンネとは、裏腹に国民の前ではまるで言葉を話さない様なしたたかな南波だ…。




官邸 2018年

「外務筋から、今までにない強烈なインフルエンザが隣国から発生しもこの国へ既に感染者が入国するとの連絡です。」真栄田幹事長が南波に報告した。
 南波から「丁度、都合がいいな」と妙な言葉を…。
首を傾げる真栄田に、南波はニヤリとして、真栄田に指示を出した。

 真栄田は南波の“凍りの様な笑顔”に凍てついていた…。




製薬会社研究室 2018年 

 嘉瀬製薬の医薬品の伝染性研究チームリーダーの笹原は研究員達に伝えた。
 「未知の病原について“ワクチン"を作るようにと官邸から通達。取扱いはレベル5取扱いは、くれぐれも注意して下さい。」

 世界的な流行を新聞各紙やニュースで知っている“あれ"の事だと、チーム全員が凍りついた。
 研究を仕事にしてはいるけど、“レベル5"のあれは未知が多く怖くないと言えば嘘になる。

 「研究結果は即時に臨床する場所を確保しているので、データは直ぐに私に…」と、笹原さんが言葉を止めた。

 “安全性"と日頃から話す笹原さんだが、今日の話しの中には“安全性"の言葉がないと疑問を持ちながら聞いていた。


異質な光景

 毎日のテレビニュースやネットでは“あれ"の感染状況が伝えられ始めた頃、人と話すのにもマスクが必要になり、シールド越しの対面…。
 気にしない人もいたのだろうけれど、同僚や友人の家族構成、趣味趣向までも…、なんとなく気にする。
 いろんな人の性質を丸裸に晒す、視線が行き交う異質な光景がワクチンを求めていた…。

 

議員立候補演説 1998年

 「少子化が問題で皆様の老後生活が成り立ちません…。 このままでは子供達の背中に大きな重荷を背負せてしまいます!」と小さな野党の立候補者の坂木が叫ぶ。
 道路を挟み向こう側には、与党からの立候補者の演説は「日本経済を立て直し、明るいだけの未来を実現しましょう!」と耳障りが良く具体性のない言葉を並べる南波だった。
 「南波氏 当選!!」と、テレビ放送がされていた。


製薬会社研究室 2018年 10月

 研究室リーダーの笹原は、研究員の町田からの“あれ"のワクチン研究報告を見て躊躇った。
 「姿を変えてしまうウィルスを抑制するのではなく、人間が歳をとると出来る物質を食べさせて動かなくしてしまう。動けなく移動しないウィルスは、そのまま体内で留まりワクチンとなる…」と、町田航大が話す。
 笹原は「両刃の剣の様な研究だね。 高齢者の人はそのまま死亡の可能性が、かなり高いかも知れないね。」
 多くの人の安全性とは掛け離れ、子供達や10〜50歳台の人に限定された効果を持つワクチン…。
 笹原は町田の研究報告の危うい安全性よりも、その時代が求めたスピードを選び会社に報告した。


料亭 2019年  2月

  真栄田官房長官が「嘉瀬製薬の真壁さんから、ワクチンの件でが連絡有りました。 出来れは早急にお会いしたいそうです。」
 南波は「いつもの料亭で明日8時で連絡してくれ…、くれぐれも人払いを宜しく頼む。」
 翌日嘉瀬製薬の裏口に迎えの黒い自動車がやって、真壁と笹原は資料を持たずに、言われた“料亭"に…。
 南波と真栄田が少し遅れて顔を見せると挨拶もそこそこに、真栄田が「例の説明を簡単に説明して下さい」と真壁に言った。
 すると真壁は「研究チームの笹原君から…」
「高齢者には両刃の剣ですけれど、子供や若年層は低リスクなワクチン。しかし高齢者に効果がないとは言い切れないモノです」と笹原が少し躊躇いながら説明を終えた。
 ほんの数秒間だったろうか、南波と真栄田はお互いの視線を合わせた。
 真栄田が「それを早速明後日から臨床しましょう…、場所は特別老人ホーム 親和園で」と笑って話している目の奥に得体のしれない事を秘めて…。
 南波は真栄田の話してる横で、眼鏡の奥から深海の夜の様な光のない目をしながら…、「その報告で」と!
 

親和園 2019年 2月

 料亭での密談からワクチンの臨床をする為、親和園に笹原チームが数名着くと医療チームが既にいた。
 躊躇いがちに医療チームの医師の佐藤へワクチンの注意や説明を笹原が話すと、「了解です」と佐藤が短く返答した。
 笹原はその返答になんとなく違和感を感じたけれど、若手の町田は研究の臨床に喜びを感じていた。

 親和園の事務長の柳田が優しく「これから“風邪の予防接種"しますので、介護士さん達はお部屋にお医者さん達のいる所へ受け持ちのご老人を順番にお連れして下さい」と職員達に話したのが、余りに“ワクチンの臨床"とは思えない程の説明だったのが笹原に不安を感じさせた。


官邸 2019年 8月

 真栄田が「例の親和の件、医療チームの医師の佐藤から、クラスター状態で入所者の1/3が減少するとの報告です。職員数名がワクチン接種後に立てなくなった事例も…」
 
 すると、南波はガラスの様な凍てつく笑み浮べて「厚労省から永年報告されていた“年金問題”は道筋がつく」と…。
 「臨床から許認可に進めましょう。死亡については、あくまでも疾患や高齢によるものと言う理由で」と真栄田が言うと、南波は声に出さずに首を縦に振った。



厚労省 2019年  8月

 官邸でのワクチンの詳細内容は漏れる事なく、内閣から与党党内と話しが上から下へ連絡され、厚労省では既に配布の方向で動き出していてた。
 ワクチン接種券が1回、2回、3回と無料配布され、世界共通認識で接種が行われた。
 世界各国で接種が3、4回終わっても、なお高齢者にだけに向けて接種が行われている。
 厚労省のキャッチコピーは、「高齢者に優しい」と優しく囁く…。
 不思議なワクチン接種は高齢層限定のまま、今も続けられている。
 


特別養護老人施設 高瀬苑  2020年

 東日本大震災の被災地は置き去りのまま、東京オリンピックで“おもてなし”が行われていた頃に、嘉瀬製薬の研究チーム“町田航大”の携帯電話が振るえた。
 母の弥生からの急な電話は何か嫌な予感がした。
「航大、おばあちゃんが施設で亡くなった、直ぐ戻れる?」と…。
 父が亡くなって以来、忙しく働く母はおばあちゃんに僕を任せていて“おばあちゃんっ子”だった。
 何をしていても僕を気遣う優しさに、寂しさはいつしか消えていた。
 実家に戻り母の弥生に「何で亡くなったの…?」と航大が問い詰める様に言う。
 弥生が「施設でワクチン注射…」と説明を聞いて、航大は一瞬で理解し
真っ青な顔で震えが止まらない。

 大好きなおばあちゃんが亡くなった日、航大の心は滅多斬りされた。
 “両刃の剣のワクチン”が、今日も何処かで誰かを…。
 

 
新聞各紙 2023年

 あれの終結宣言!
 マスク着用は自己判断で!
明るいだけのフレーズが紙面を飾り、“開放”だけが表立った。

 今も確かに存在する“あれ”の後遺症は知られているが、診察し対応する医師は少ない…。

 
 官邸の南波のメガネの奥の瞳が今日と暗く輝く…。

……………………終わり?……………………

 


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