第4話:豊饒の海、瀬戸内海:プレート運動が造った巨大なシワ
ジオリブ研究所所長、ジオ・アクティビストの巽です。
瀬戸内海が「天然の生簀」「海の穀倉地帯」などと称されるほどに豊かである原因の1つは、背後にある中国山地などから窒素やリンなどの森や大地の栄養分が河川によって運ばれ、魚介の餌となる植物プランクトンが発生するからです。
さらに前回お話ししたように、瀬戸内海では灘と瀬戸(海峡)が繰り返すことで高速潮流が発生し、このために魚介類はマッチョになり旨味成分が多くなるのです。灘は島が少ない凹地つまり「沈降域」、一方の瀬戸は陸地がせり出す「隆起域」です。そして瀬戸内海の地形を眺めると、これらの沈降域と北西—南東方向に延びる隆起域が繰り返していることが分かります(図1)。さらにこの構造は海域だけに留まらず、大阪湾を超えて東方の陸域へも続いています(図1)。なぜこのような規則的な構造が造られたのでしょうか?
今回は、この瀬戸内海誕生のヒミツに迫ります。
さあ、ジオリブしましょ!
300万年前、フィリピン海プレートが大方向転換した
地球の表面は十数枚の「プレート」と呼ばれる硬い岩盤で覆われています。これらが動くことで、プレートとプレートの境目で様々な地殻変動が起きるのです。これが、1960年代に成立し、地球科学における新しいパラダイムとなった「プレートテクトニクス」のキモです。
日本列島の周辺は、地球を覆う十数枚のプレートのうち4つが分布して、これらが鬩ぎ合うプレート密集地帯で、世界一の「変動帯」です。西日本は広大なユーラシアプレートの一部で、この南側に位置するのがフィリピン海プレートです(図1)。そしてこのプレートが南海トラフ(トラフとは海溝に比べて浅い海底の凹地)から西日本の下へ沈み込んでいます。その速度は年間45mm程度、現在は南海トラフに対してやや斜め(西向き)に運動しています(図1)。
フィリピン海プレートはかつて真北、つまり南海トラフにほぼ垂直に沈み込んでいたことが分かってます(図2)。ところが今から約300万年前に、突然その運動方向を45度変化させたのです。その記録は、過去数百万年間の地層がよく保存されている房総半島に残されています(図2)。これらの地層は、プレートの運動方向に垂直方向に延びるように堆積したものですが、300万年前を境に地層の向きが急変するのです。
この「45度カックン」大事件の原因は、フィリピン海プレートの東の端が、地下で太平洋プレートにぶつかったことだと考えられます。巨大な太平洋プレートに押し負けて、フィリピン海プレートはやや西向きへと運動方向を変えざるを得なかったのです(図2)。
フィリピン海プレートが大方向転換して西向き成分を持つ運動をするようになったことで、日本海溝〜伊豆小笠原海溝は西向きに移動し始めます。その結果、東日本では東日本大震災を引き起こしたような海溝型巨大地震が発生するようになりました。また内陸では直下型地震が発生し、逆断層と呼ばれるタイプの地殻変動によって山地が形成されるようになりました(図2)。一方で西南日本では、フィリピン海プレートの運動方向が南海トラフに対して斜行するため、圧縮成分に加えて横ずれ成分も発生します(図2)。つまり300万年前以降、西日本には西向きに引きずるような力が働くようになったのです。
このような力がかかると、地盤には歪み、すなわち変形が生じます。こうして蓄積された歪みは、断層がずれることで解消されるのですが、地盤に「弱線」があるとそこに力が集中して断層ができることになります。西日本では今からおおよそ1億年前、恐竜が闊歩していた時代に形成された地質帯である「領家帯」と「三波川帯」の境界がまさに弱線だったのです。この「古傷」が300万年前に、フィリピン海プレートの運動方向の激変によって生じた歪みを解放するために、断層として活動を始めたのです。日本一の大断層「中央構造線」の発現です。そしてこの活動の結果、中央構造線の南側の「外帯」と呼ばれる地塊が一体となって、小さなプレート(マイクロップレート)と化して西向きへ移動することになったのです(図1、2)。
中央構造線の活動が造るシワ
地球の大部分は固体の岩石で出来ているのですが、この一見頑丈そうな物質も地球時間では流れて変形します。硬い砂岩層がグニャリと「しゅう曲」している様子を写真などでご覧になったこともあるでしょう。
さて、300万年前に中央構造線に沿って外帯マイクロプレートが西向きに移動を始めると、その影響を受けて構造線の北側の地帯は変形を受けます。一方で広大なユーラシアプレートの本体にはこの影響は及ばないので、変形は中央構造線に近いゾーンに集中することになります(図1)。
このようなゾーンでの変形の様子はシミュレーションなどで調べられてますが、タオルなどを両手でずらすように動かすことでもある程度再現できます。ぜひお試しください。このような横ずれが生じる変形域には、斜めの「シワ」がいくつも形成されるのです。そしてこの形状は、瀬戸内海及びその東方延長上に見られる隆起域と沈降域の配列と非常によく似ています(図1)。
つまり、元々中国山地と四国山地に挟まれた低く平らな地帯であった瀬戸内海周辺は、300万年前に発現した中央構造線の運動によってシワ状の撓みが生じ、それが灘と瀬戸を造り出したのです。
そしてこの特異な地形が高速潮流を生み出し、筋肉質で旨み成分たっぷりの魚たちを育んでいるのです。私たちが美味なる食材を楽しむことができる背景には、フィリピン海プレートの大方向転換と、その結果生じた地盤の巨大なシワの形成があったのです。このようにフィリピン海プレートは、世界一美しいと言われる多島海と妙々たる食材という素敵な恩恵を私たちに与えてくれたのです。
ただ、フィリピン海プレートは私たちに、大きな試練も与えることを忘れてはいけません。南海トラフ巨大地震や兵庫県南部地震(阪神大震災)はこのプレートが原因で起きるのです。恩恵だけを享受するのでは少し虫が良すぎませんか? 私たち「変動帯の民」は、しっかりと試練とも対峙してゆかねばなりませんね。
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