見出し画像

Re:便利屋花業 ⒕追いかけてくる過去 恋愛小説

付き合って2カ月か、短かったなー。いや、これでも長いほうか。
なぜたそがれているかというと、秋葉が就職したと知ったからだ。

「機械に強いとは知ってたけど」
「安定を選びました。すみません」
所長室のドアをノックしようとして会話がもれ聞こえ、まどかの足がすくむ。

「じゃあ、研修が始まる3月までに、修理系の仕事集中させるか」
「はい。バンバン入れてもらって大丈夫です」
家電メーカーは海外に拠点があるのが当たり前で、年齢にかかわらず派遣に出されるらしい。

内定がもらえたこと。事務所を辞めること。何ひとつ聞いていなかった。
そうか。秋葉のことだから、スマートにフェードアウトするんだろうな。

***

「今、オレの顔面踏みつけてった、コイツ」
茶白のシマシマを優雅に揺らし、陸がキャットタワーのてっぺんまで駆け上る。
さすがの付き合いで、主人の心を代弁してくれたらしい。

心を許している可能性もあるが、夜行性ならではの体力温存説が有力だ。
「つまり?」
「近道してるだけ」
オレは障害物ってワケね、と機嫌を損ねるでもない穏やかな横顔を、記憶に
とどめよう。

「そういえば、なんで陸?」
「大地を駆けるライオンみたいだから」
大地でもよかったが、知り合いの名前だったのでお蔵入りした。

バッチリ目が合い、そろりとはずす。
「何大地?」
「俳優さんにいたよね。ほら、キリッとした感じの」
全然ごまかせた気がしない。

***

ウッキウキの綾が、事務室にスプレーを振りまいている。
「これ、お客さんにもらったんですよー。知る人ぞ知るメーカーですよね」
ハーブ栽培加工販売、樫山かしやまガーデン。

ラベルを見なくても、わかっていた。
やさしく甘いカモミールとさわやかなローズマリーは、まどかがよく知っているブレンドだ。
「わー、タイムリー」
抑揚なく言って、現実逃避をキメたくなる。

蜂谷はちやまどかなら、ウチにいますよー、ってココまで出かかったぞ。こ、こ、までー」
所長の身振りは大げさすぎる。
「意外に機転利くんだ」
「サラッと失礼だな」

便利屋と探偵業の両方を営むオフィス川添に、人捜しの依頼が入るのは
普通のことだ。
奇遇が過ぎると、驚きの感情すらわいてこない。
「どうする?」
「あー、考えさせてください」

***

樫山大地はまどかにとって、命の恩人であり、造園業の師匠であり、
はじめての男でもあった。
存在自体が機密案件みたいなもんである。
またどデカイ秘密抱えてんな、と珍しく沢口が反応した。

心の荷物の下ろしかた、其の一。誰かに話す。
「なんで逃げてんの?」
ただ単に二股をかけられて、ショックだったから。

何年も経っているのに、なぜ今さら捜すのだろう。
気になるなら会う手もあると、沢口にアドバイスされた。

***

IT会社の新人時代、やっとの思いで取れた休みに遠出した。
線路に身を投げたら、後片付けが迷惑以外の何物でもないと、パス。

こっちはグラグラして簡単そうだなと、り橋から身を乗り出し、地元の男に叱りとばされた。
リアル吊り橋での出会いである。
土に触れることで生きる気力を取り戻せることに気づき、救われたことは事実だ。

心の荷物の下ろしかた、其のニ。過去を手放す。
今の自分にとって、何がいちばん大事かを、まどかはシンプルに考えることにした。

(つづく)
▷最終話「涙の誕生日」の巻。



この記事が参加している募集

#私の作品紹介

95,965件

#恋愛小説が好き

4,961件

最後までお読みくださり、ありがとうございました。 サポートしていただけたら、インプットのための書籍購入費にあてます。 また来ていただけるよう、更新がんばります。