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あすみ小学校ビレッジ ⒚最初で最後の花火 連載恋愛小説

夏が散っていく。
アートプロジェクトの任期は半年。今月末にも彼はいなくなる。
ラフでフラットでありながら、本質を知っている知性。なにげないひとことで、閉塞感をとっぱらう。
溶け込みすぎて同窓会にまぎれていても、きっと違和感はないだろう。

いちどはともしびの途絶えた校舎が、今こうしてまばゆい光と歓声に包まれている。感極まったのは、泉だけではないようだ。
花火に照らされた龍次の目も、赤らんでみえた。

「やっぱりさ…」
「うん?」
「前世はここで生まれた気がする」
空を見上げ禅僧のような表情で言うから、泉はぷっと吹いた。

「地元感がハンパない」としょっちゅう言っているが、お世辞ではなかったらしい。変に気をつかうことを、もともとしなさそうだし。
父親が転勤族だったせいで、地元がどこなのかわからない。幼なじみもいない。それがずっとイヤだったと。
涙まじりの笑みをかわす。会えてよかったなあと泉はまた思った。

見つめあった直後に、ふっと龍次が顔を近づけ泉の唇にふれた。
一瞬のことで、錯覚かと思ったくらいだ。
「かわいいなと思って。文句なしに」
気恥ずかしさをごまかすため、泉は抗議してみた。
「タイミングとか、心の準備というものがあってですね…」
「準備できてたよ?僕は」
いや、そういうことではなく…

第一、まわりにひとがいるではないか。耳が赤くなっている自覚があって、泉はあたりを見回した。
しばらく考えたのち、龍次はぱっと顔を輝かせた。彼なりにナゾが解けたらしい。
「いやだったら言って。許可も早めにくださると幸いです」
「わかりました。その方向でお願いします…」
なんのやりとりだ、これ?

「高1の秋くらいだったかな。高校に慣れたのは」
中学時代の不登校の記憶を引きずり、高校はおっかなびっくりだった。
あすみ小学校ビレッジのみんなはフレンドリーなので、すぐに息ができたという。
「新記録かも」
泉は「それはよかったです」と返すのがせいいっぱい。
苦労が報われたというより、この街のよさを認めてもらえた気がして。

「泉さんも相当重いよね」
薄々自分でも感じていた彼への感情をさとられたのかと、にわかに緊張する。
「オサム先生といい勝負じゃないかな。あすみ愛」

黙っている龍次をこっそり観察するのが、クセになっていた。
なにを考えているのかな。どんな楽しいことを思いついたのだろう。
突拍子もない発言が次に飛び出すのは、いつなのか。

そう思うのは泉だけではないらしく、龍次がどこかへ行ってしまったような表情をすると、その場に居合わせた人間はくすりと目配せする。
期待以上にナナメ上の言動をぶちかますので、ワクワクを抑えられない。

火の粉を浴びながらも、手持ち花火を高く掲げるオヤジたち。
置き型花火の設置方法に工夫を凝らし、複数をクロスさせて打ち上げる演出。色が変わっていったり変則的な動きをしたりと、変わり種もある。

市販のロケット花火でも校舎より高く上がり、おおっとどよめく見物客。
約20分で5,500発。ぱっときらめいては、煙を残して闇に沈む。
永遠に続けばいいのに…と願うほど、感動的なひとときだった。

(つづく)

#恋愛小説が好き #私の作品紹介 #賑やかし帯

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