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居眠り猫と主治医 ⒐ゴッドハンド 連載恋愛小説

半月後のサラの健診日。診察室に入って、文乃はぎょっとする。
「何その反応」
「え…今日は院長先生の曜日じゃ…」
「学会で出張」

院長がひそんでいるわけもないのに、文乃は部屋のあちこちに視線をさまよわせた。見慣れたはずの白衣姿に、ここまでどぎまぎするのはなぜだろう。
鳥かごを抱いたまま棒立ちになっていると、早く診察台にのせろとあごで指示される。
「あ、すみません。よろしくお願いいたします」

看護師が別件で席をはずすのを、心細い思いで見送る。
通常、動物が暴れないよう保定する役割が看護師にはあるのだが、夏目祐の場合、ほとんど不要なのだ。

***

飼い主以外には指一本ふれさせないサラお嬢様は、今まで訪れた数々のクリニックで、かごの中を逃げまどった。
その純白のちいさな体を柵に打ちつけ失神することもあり、いたたまれなくて見ている飼い主が半泣きになっていた。

「ごめんね、さわるよー」
やさしく声かけしながら、何食わぬ顔でサクッと捕獲。
若い獣医師の百戦錬磨ぶりに、ぽかんと見惚れたのを覚えている。
あまりの早業にサラは何が起こったのかわからず、きょとんとしている…ように見えた。

コツはあるのかと前のめりでたずねたら、警戒心を抱かれる前に仕留める、
と彼は平然と言い放った。
「私ついていきます。夏目先生に」
クールな表情が崩れ、困ったような苦笑に変わる。
素顔がのぞいた気がして、はっとした。

***

「あ、もちろんストーカーとかじゃなくて、サラのかかりつけ医として今後とも末永くといいますか…」
病院に連れていくたびにストレスで死んじゃうんじゃないかと、思い悩んでいた。よかれと思ってしていることが、彼女を苦しめているだけなのではと。

異変に気づくのが遅れ、先代の文鳥を平均寿命よりも早く死なせてしまった。その苦い後悔から、サラは定期的に医者にかかっていたのだ。
「メシアっていうか、救世主です。マジで」
自分でも何を言っているのかわからなくなり、すーはーと深呼吸する。
テンションのおかしいヤバイ奴だと思われたにちがいない。

***

椅子がわずかにきしむ音がして、文乃は顔を上げる。
「責任持ってますから。安心してください、守屋さん」
しっかりと目を合わせ、落ち着かせるようゆっくりと言葉を紡ぐ。

患者が取り乱すことなど、慣れっこなのだろうか。
自信にあふれた柔らかなその表情は、おそらく彼が使い慣れている仕事用の儀礼的な笑顔。
ていよく距離を置かれた気になって、文乃はしゅんとした。

「…仕留めるというのは、不謹慎ですね。失礼しました」
「いえいえ。たしかに瞬殺でした」
必要以上に何度もうなずく文乃に、彼は当惑しているようだった。

(つづく)

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