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あすみ小学校ビレッジ 21.恋の誤算 連載恋愛小説

お菓子な送別会のあと、おとなたちは居酒屋へ移動。
達成感と解放感から、収拾不能などんちゃん騒ぎに。強者以外は早めに解散する。
「泉さん、いろいろありがと。手のかかる問題児がご迷惑おかけしまして」
アルコールに強いのか、いつもと変わらぬ態度の龍次。
「記念に」と特大ペロペロキャンディーを渡された。
「レアなんだって。シャインマスカット味」

「じゃ、また」と軽くバイバイ。まるで明日も会えるかのような、あっさり具合。
たった半年の仕事上のつきあいなんて、こんなもんか。同じ目標に向かってこころが通じ合った気がしたけれど、勘違いだったのだ。

黒歴史というほど、具体的ななにかがあったわけではない。ひとりで勝手に舞い上がっていただけ。
たいしたことじゃないと自分に言い聞かせようとしても、涙がにじむ。
それとわからぬうちに、こころの支えになっていた。
塩屋龍次がここまでおおきな存在になっていたなんて。

妹という人種は、要領がいいのかもしれない。
大人になった瑞希みずきは持病を抑え込む薬とめぐり合い、元気に暮らしている。
大学卒業と同時に同級生と結婚し、とっとと家を出ていった。
彼女の看病に長い歳月を傾けてきた父と母は、娘の幸せを喜びながらも、こころの置き場がないようにみえた。

観劇や展覧会、さまざまなチケットを贈って、自由な時間を楽しんでもらおうと泉は策を練った。そのおかげか、新婚旅行でおとずれた沖縄への旅行を考えはじめた両親。
見てほしい。ほめてほしい。求めつづけるだけでは、いつまでも満たされることはない。与えることで心がうるおう。
視点を変えることの大切さを、泉は学んだ。

1か月後。市役所で、泉は会わないはずの人物と遭遇する。
彼の顔には「ありゃ」と書いてあった。
「もっとドラマティックレインな再会したかったのに…」
相も変わらずナゾなセリフ。まちがいない、塩屋龍次そのひとだ。

「森下千種さんの紹介でこちらにおみえになったんです。川久保さん、ビレッジ担当ですよね。お知り合いですか?」
笑顔の同僚に「はあ…まあ…」としか答えようがない。
「あすみで暮らしません課」では、専任の移住促進コーディネーターが個別で相談にのってくれる。
移住支援策でおためし住居を提供し、破格の家賃(月5万+光熱費)で契約できる。地域のイベントに月イチ参加や、レポートの提出という条件もあるが、移住を考えているひとにとっては魅力的すぎるしくみだ。

「まあ、言ってみれば…あすみと恋に落ちたのかな」
重大な告白をするかのごとく、龍次は照れたしぐさをする。
「移住すると心は決まっていた」と今さら知らされても。こころをかき乱されたこっちの身にもなってほしい。

あすみにいる最後の半月。何度かふたりの時間をつくろうとトライした。
が、彼は忙しそうで「また今度ね」と目を合わそうとせず、後回し。
今考えれば、けっこうな挙動不審ぶりだった。
「女性はサプライズが好きだって瑠美さんに聞いたんだけど。もしや、やらかした感じ?」
泉のただならぬ表情に龍次は眉を下げる。

「なんで『住みません課』じゃないかわかる?」
「え?」
「あやまってるみたいだから」
なぞなぞがウケたかどうか、心待ちにする小学生のよう。
「スミマセン課」のインパクトより彼の表情のほうがはるかにおかしくて、泉はしばらく声が出せなかった。
やっぱり彼は、はじめて会うタイプの唯一無二のひとだ。見くびっていた自分が悪いのかも。

ああっという大声に目線を向ければ、なにかの書類を手にした瑠美だった。
「なになに~?熟女のウワサ話なんかしちゃって~ふふっ」
よっこらせと椅子を移動させ、話す気満々。
「うん。知ってたよ、明日海市民になるんでしょ?」
どうやら情報を伏せられていたのは、泉だけらしい。

彼は海のそばにある古民家をえらんだ。広いので家族が増えても都合がいいと話す。
「修繕費とかを考えたら、賃貸が得策かなと」
瑠美は顔をゆがめ、首を左右に振る。
「そんな大事なこと勝手に決めちゃって。お相手が気に入らなかったらどーすんの」
たった今気づいたかのように「あ…」と龍次は固まった。

(つづく)

あすみにスミマセン課?

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