見出し画像

あすみ小学校ビレッジ 最終話 明日のミライ 連載恋愛小説

「泉さんて笑いのツボ浅いよね。いっつも笑ってる」
だからみんなが引き寄せられるのだと、照れずに話す彼。
笑みを絶やさないのは龍次のほうだ。
泉は自分のつくり笑顔がイヤだった。やりたくもないことをすすんでやる。本音を隠して優等生ぶっているのが。 
自分で自分を嫌悪する——非生産的なことにかまけるのが、ばからしく思えてくる。

来年度、ふるさと納税の返礼として、龍次の作品を贈る計画があるという。ワークショップでつくった模型の、ひとまわり大きいサイズだ。
「明日海の海とか山とか、もっと見てまわっておきたくて、ゆっくり話す時間とれなくてごめん」

廃校舎は莫大な維持費がかかるため、全国で事業撤退が相次いでいる。持続可能なビジネスのためには、カードを切り続ける必要がある。
急になにを言いだすのかと思った。打ち上げで千種とそんなことを話していたとは。

「あすみの未来ジオラマも作りたいから、ここに根を下ろそうかなと」
どう思う?と泉に意見を求めてくる。
「許可してくれる?」
考える前に泉はうん、とうなずいてしまっていた。

家族は大丈夫なのか聞くと「親はコスタリカに移住した」ととんでもない情報が飛び出す。
「これマジな話。ぶっとんでるでしょ。けっこう医療体制ととのってて、世界の高齢者がえらぶ終の棲家らしいんだわ」
さすが龍次を生み育てたご両親。
「だから国内移住なんて屁でもない」と言ったあと「行儀悪いかな?」と息子は心配げ。

連れていかれたのは、アトリエのとなりの教室。
長机にあるのは、森のジオラマ。一見してすぐにわかる、みごとなリアルさ。木立から今にも鳥が飛び立ちそう。
「ほら。もっと近づいて、よく見て?」

絵本のワンシーンのようだ。
透き通った水がわき出る泉。
カエルや鳥、うさぎやシカが憩う水辺。水を飲んだり寝ころんだり。
青々とした森は、いのちの輝きに満ちている。

「作品名:しあわせの泉」
ドヤ顔が幼くて、泉は笑いそうになった。
善をはじめ、みんなに協力してもらい極秘裏に進めるのが、いかに大変だったか。息をしているのか心配になるほどの熱量で、話してきかせてくれる。

「解説するのも無粋だけど」
と前置きして、泉を慕って人々が集まるようすを表現した、と彼は言う。
あまりのことに言葉に詰まる。
龍次の波長はやさしくて、心地いい。
それは彼の作品にも表れていた。

「……ありがと。すごくうれしい。自分の名前はじめて好きになれたかも」
きらきらとみずみずしい音と字面がひとり歩きしているみたいで、今までしっくりきていなかった。
自分には価値がないのでは?
評価されるほど、行動力にたけているわけでもない。
親やまわりの期待に応えられているのか、つねに不安だった。

たったひとりだけでも肯定してくれたら、世界を信じられる。
ずっとこころに刺さっていたトゲが、いつのまにか溶けてあとかたもなくなった。もうすこし肩の力を抜いてもいいのかもしれない。
龍次といると、いつもそれを思い出す。

「つくってるうちについつい大きくなっちゃって。善ハカセにも『重すぎると引かれるよ』ってアドバイスもらったんだけど」
頭をかきながら、彼は透明ケースをかぶせてみせる。
「ちょっとばかり場所をとりますが、埃の心配はいらないです。お手入れカンタン。品質保証」
玄関か床の間に置こうかな。泉のひとりごとに、龍次はびっくり顔になる。

「え……?受け取ってくれる?」
「うん、もちろん。ありがとう」
断られたらコイツは路頭に迷うだけだ、と思い詰めていたという。
いちどでいいから、彼の頭の中をのぞいてみたいものだ。

「文化祭に僕がいなくて、どーすんだって思わない?」
たしかに、秋こそ出番な気がする。
今度は、ミニチュアログハウス講座を開くつもりだという。
「目下の目標は、伝道師」
手を動かし、なにかを生み出すこと。それに目覚めるひとが増えてくれたらうれしい。彼と話していると、ワクワク指数がグングン上昇する。
「間伐材とか、もう手配した」

「恋人割を利用する場合のみ、参加可能」とよくわからない条件を出された。
「じゃあ、それで」
マジで?と声をあげ、いきおいよく泉をハグする龍次。
「あ…また許可とる前に。ごめん」
名を呼ばれたので顔を向けると、キス認可を求められる。
「小鳥じゃなくて獣のほうでよろしいでしょうか」
うなずくモーションも確かめずに、彼はかみついてきた。

「あ。それから」「泉さんを口説くのにも本腰入れます。たっぷり時間はあるんで」
とことんズレてるんだよなあ、と思いつつ頬がゆるんでしまう。
なんで笑っているのか。なにかいいことでもあったのかと、彼はにこにこしている。

「水族館デート、約束してたよね?」
「……忘れてたかと」
「忘れるわけないよ。僕のなかで特上の優先事項だし」
特上って寿司ネタかよ、と泉は心でツッコむ。
約束を覚えてくれている。それだけで胸がいっぱいだった。

笑顔は連鎖する。真心もきっと。
このひととは、永いつきあいになりそうだ。これからどうなるのか、うまくいくか否か。未来のことを思い悩んだってしかたない。
心配性な自分と、すこしだけ距離を置いてみよう。
今を楽しむのも、きっと悪くない。

(おわり)

最後までお読みくださり、ありがとうございました
創作途中で公開に踏み切りヒヤヒヤでしたが、なんとか最終回まで書けてほっとしております 感想をいただけると喜びます

なんくるないさあ byペンギンさん

#恋愛小説が好き #私の作品紹介 #賑やかし帯


最後までお読みくださり、ありがとうございました。 サポートしていただけたら、インプットのための書籍購入費にあてます。 また来ていただけるよう、更新がんばります。