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菜の花の恋 シロクマ文芸部

春と風がそよふく菜の花畑に行ってみたい。
青がすがすがしいおひたしをひとくち食べ、葉名は心の中で朧月夜おぼろづきよを歌う。
かぐわしい香り、月明かりに淡く浮かぶ愛らしい花々が今そこにあるよう。

すると、隣から声がした。
「明日、菜の花見に行く?」
無意識に鼻歌を歌ってしまったのかと、視線をさまよわせる葉名。
その人は笑みを浮かべたまま、同じように菜の花を口に入れた。

***

ひなまつりの時季、葉名は体調を崩しがちだった。
過保護に育てられたせいか、環境の変化とすこぶる相性が悪い。
就学時や進学など、元気いっぱいに過ごせた記憶はゼロ。

小学校高学年ともなればさすがに慣れ、それなりに集団生活をこなせていたつもりだった。
が、もうすぐ春休みだと意識するや、張りつめていたものが切れるらしい。
風邪をひいたり熱を出したりして寝込み、終業式前の数日を欠席するのだった。
そんなタイミングだから、書類上は皆勤扱いになるのが常だった。

通知表は、担任の先生が家まで届けてくれた。
「おお。こんなみごとなおひなさま、はじめて見ましたよ」
天井まで届くかという雛壇飾りを前に、男兄弟しかいないという教師が感嘆の声をあげる。
初孫だったこともあり、母方の祖父母が用意してくれたひな人形は、それは豪華絢爛けんらんだった。

***

菜の花色のボールが、青空を跳ねる。
「葉名の繊細さは、どっちにも受け継がれてないね」
おしとやかに正座しつづけるお人形には見向きもせず、ころころした笑い声を響かせ、駆ける小鳥が二羽。
縁側に並んで座り、葉名はそれを彼と見守る。

長女は近所の公園をなわばりとするガキ大将で、自分より年上の男子を引き連れ、外遊びざんまい。
次女はマイペースそのもの。気の向くまま、押し花を作ったり和室でお絵描きをしたり。その集中力には、目を見はるものがある。

***

就職先で、葉名は大和やまとと出会った。
「とても人間とは思えなかった」
「ほめてないでしょ、それ」
そわそわとおびえて見えたらしい。
新人研修の打ち上げという宴席は、葉名にとって未知の領域すぎた。

「今もかわいい」と、大和は葉名と目を合わせる。
「…って言うダンナいたら、気持ち悪いだろ」
「うん。引く」
言いたいことを言えるようになったのは、この人のおかげだ。
さすがに言いすぎだろと、すねた彼にくすぐられる。

「ああ~!またいちゃついてるう」
姉の奈菜が指差してきた。
妹のかすみは泥団子づくりの手を止め、顏を上げる。
「おだいりさまとおひなさまは、仲良しなんだよ?おねーちゃん」

世のことわりを説く仙人めいた表情がおかしいやらかわいいやらで、葉名と大和、ふたりの笑いがはじける。
大和は娘たちに向けて舌を出し、わざと葉名を抱き寄せてみせた。

(おわり)


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