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新宿区役所福祉事務所前の景色〜アウトリーチから見える課題と可能性〜(本谷碧)

筆者 本谷碧(ほんたにみどり)
NPO法人POSSE学生ボランティア。国際基督教大学教養学部2年。
2004年生まれ。愛知県育ち。
 大学で社会問題について学ぶ機会が多くなる中で、授業や本からだけではなく、実際の問題が起きている現場に出てこそ見えてくるものがあるのではないかという思いから、POSSEの活動に足を運ぶ。現在は、難民や貧困、障害学を中心に勉強中。 

 2024年7月4日、新宿区役所福祉事務所のある第2分庁舎前の公道にて、NPO法人POSSEの学生ボランティアとスタッフの数人でアウトリーチを行った。本稿は、そのアウトリーチに参加したPOSSE学生ボランティアである大学2年生の筆者による報告、考察、そしてこれからの活動計画についてまとめた記事である。

はじまり

 時間はおおよそ13時から17時。最高気温は35度に到達し、7月に入ったばかりとは思えない暑さである。セミの声も聞こえる新宿では、サングラスやハンディファンを片手に買い物や食事に向かったり、仕事の電話をかけたりして行き来する人々で絶え間なく賑わっている。

 そんな中で、チラシを片手に、駅前の公道で人々に声を掛ける私たちの姿は、パッと見れば店の宣伝か何かだと映るだろう。

 だが実際の私たちのターゲットは、一般的な広報のターゲットとなるような、購買能力のある顧客層ではない。どちらかといえば、いや、むしろ経済やマーケティング的な観点から見れば視界に入らない生活保護受給(中、またはその対象となるはずの)人々だ。

 私たちがやっていた活動は、アウトリーチと呼ばれるものである。

アウトリーチとは何か?

 そもそも「アウトリーチ」という言葉はあまりメジャーな言葉ではないかと思うので、その紹介から入りたい。アウトリーチ(outreach)の意味合いは、文字通り「外に手を差し伸べる」であり、一般的に「当事者が来るのを支援の窓口でただ受動的に待つのではなく、支援が届いていない層に積極的に支援や制度を届けにいく声がけ」として使われる用語である。福祉が制度として存在しているはずなのに、その支援に気づいていない、うまく使えない人たちにアプローチして既存の支援を届けるための活動を指している。
 
 しかし、私たちはこの定義の範疇でのみのアウトリーチ、すなわち福祉制度や貧困者支援の団体やプログラムを紹介するだけでは、問題の根本解決にはならないと考えている。なぜなら、このやり方では既存の福祉制度や支援のあり方自体を問えないからだ。私たちがやっているのは、単に既存の支援につなげるだけではなくて、当事者らの不満や怒りの声から、より人間らしい生活を多くの人が送れるように、制度自体を変えることを可能にする取り組みである。

具体的に何をするのか?

 今回のアウトリーチは、生活保護費の受給日に合わせて行った。手渡しで保護費を受け取り、福祉事務所から出てくる人々に声をかけることで、保護受給中の当事者とつながりやすいからである。生活保護費は、口座の振り込みが基本だが、一回めの受給は手渡しである。また、振り込みでなく手渡しを言い渡されている受給者は、他より強くケースワーカーの管理下にあり、トラブルを抱えていることが多い。

 流れとしては、事務所から出てくる人にビラを配って声をかけ、実際に相談が出てくれば(外は暑いので)カフェに移動して詳しい話を聞く。その日のうち、または後日に当事者一人ではなく同行する形でもう一度事務所に要求を伝えに行ったりすることもあれば、現在の貧困問題や福祉について考える上で重要な案件があった場合には、他の相談内容もまとめた上で、繋がった当事者たちとともに問題を周知する記者会見を開くこともある。こうして、福祉事務所に出入りする貧困世帯の個人的な問題から、私たちが生きる社会と繋がった社会問題として、貧困と福祉の実態を明らかにすることができる。
 
 アウトリーチにおいて一番最初にやることは事務所から出てくる人に声を掛けることであるが、「生活に困っていることはないですか?」などと尋ねると、生活に関する相談を話してくれる人もいれば、具体的に今の住まいや保護受給に至った経緯やその後のエピソードを話してくれる方もいる。例えば、「施設に保護費の大半を持っていかれ手元にほとんどお金が残らない」、「無料低額宿泊所に入らないと生活保護は受けられないと言われ受給を諦めた」などの無料低額宿泊所をはじめとする貧困ビジネスの話が出てくる。他にも、「朝から何も食べていない」、「自室にエアコンがなく室温が40度を超えるため家にいられない」、「シャワーのお湯が出ない」、「転宅したいと相談したが取り合ってもらえない」、など困窮した日々の生活について伝えてくれる人もいる。
 
 また、声をかけた人のなかにはもちろん「自分は困っていないから大丈夫だ」と答える人もいる。私は、困っていないという人にも一旦話を聞いてアプローチすることも大切であると思う。それまで生きてきた中で、生活の苦しさは自分が悪いのだと考えている人、弱音は吐いてはいけないと頑張り続けている人、孤立しているがゆえに比較対象がなく自分の生活水準を客観視できない人など、さまざまな背景が考えられうるからだ。

 今回のアウトリーチでは実際に、最初は「いや私は困っていなくて...」という反応だったが、話を聞いていると、何ヶ月も路上生活をしており炊き出しで食い繋ぐというギリギリの生活をしているという方もいた。当然本人の意思が大切だが、その「自分は困っていない」の背景には、(十分な説明を受けていないがために)生活保護制度をはじめとした福祉を自分が使えるものだと思っておらず、自分には今の生活が最善なのだと思い込んでいたり、貧困者の自分には今の生活が相応なのだという価値観を内面化して、それ以上を求めることができなくなっているといったこともあるのではないかと筆者は思う。

 貧困の広がりに歯止めがかからず、みんなが貧しくなっていくゆえに最低限度の生活の水準は下がっていく。そのような状況下では、そもそも自分が困難な状況に陥っていると認識することも、ましてや自分を助けてくれそうな行政や福祉、組織を探してアクセスし状況を説明することも、ハードルの高いことである。

生活保護制度の課題

 義務教育で習う通り、生活保護は憲法第25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を保障し、自立を助長することを目的とした制度である。そして、生活保護申請・運用の窓口となるのは、福祉六法などが定める「援護、育成または更生の措置に関する事務を司る第一線の社会福祉行政機関」である福祉事務所だが、紛れもないこの第一線の社会福祉行政機関が、生存権を侵害する対応の一端を握っている。

 例えば、メールやLINEで届く相談や、アウトリーチで繋がった当事者の事例には以下のようなものがある。生活保護申請で起こっている主要な問題として、水際作戦と無料低額宿泊所に関連する事例を紹介する。

水際作戦にまつわる事例

 水際作戦:生活保護の受給条件を満たしている申請者にもかかわらず、対応窓口である役所が申請を拒否すること

東京都20代男性
働いていた介護の仕事で手に根性焼きをつけられるなどのいじめにあい離職。退職後は母親から「大学に行かないのなら家にいなくていい」と言われ上京し、パチンコ屋や交通整理などの仕事についたが、以前の職場での記憶がフラッシュバックし短期間で離職。パートナーや親戚から受けていた援助が困難になり生活保護の申請に行ったが「若いから働ける」と言われ、申請ができなかった。

 

東京都20代男性
幼少期に両親に療育を放棄され、入所した先の施設で上級生から性的虐待を受けてうつ病・PTSDを発症。働ける状態になく、路上生活をする当人が生活保護申請に行ったところ、「住所不定の場合は無料低額宿泊所への入所が条件」と説明され、過去の虐待により集団生活が困難である旨を伝えると「それだったら保護は受けられない」などと言われ申請を諦めた。

無料低額宿泊所にまつわる事例

 無料低額宿泊所(通称「無低」):社会福祉法第2条に規定される第2種社会福祉事業に基づく、NPO等が運営する生活困窮者のための宿泊施設である。貧困層をターゲットにしており、かつ貧困からの脱却に資することなく、保護費の大半を引き抜くことが多い。貧困を固定化する貧困ビジネスの側面が強いと批判されている。
 

東京都20代男性
暴力やネグレクトのある家庭で育ち、給料の3分の2を母親に納めることを強いられ、そのために消費者金融からお金を借りてやりくりしていた。実家から友人宅へ逃げ込み、その後生活保護を申請した結果入所させられた無料低額宿泊所での生活では、隣の家の音が丸聞こえなほど壁が薄い上、朝夜の食事は徴収される値段には見合わない粗末さであった。保護費から食費と家賃が引かれて手元には約2万円しか残らないため、昼ごはんや日用品を買うとギリギリの生活で就職活動がままならない。

埼玉県30代
母親から虐待を受けていたため実家を脱出し、ホームレス状態を経て生活保護を申請した結果案内された無料低額宿泊所に住んでいるが、空調設備がなく室内の温度が40度を超えることがあり、また女子寮6人で30Aと電力の供給量が少ないために住人同士でトラブルになる。さらに、部屋の窓が入居当初から壊れており、野良猫が室内で繁殖、さらには施設のゴミが当人の部屋の外で放置されたままといった環境である。ケースワーカーに出たいと相談したがアパートへの転宅の許可は降りなかった。

 このように、どんな制度や組織があろうと、誰も関心を払わなければ、どんどんと行政の都合のいい方向へ制度は流れていく。受給すべき人を追い返してコストをカットし、支援すると言いながら働けないものは一箇所の施設に押し込むことで”管理”しやすい形へと変形していく。

 だからこそ、生活保護というミニマムな基準をこれ以上下げないために声をあげることが必要だろう。申請者も受給者も、一人の人間であり、かわいそうで素直な貧困者ではない。運営する人たちに頭を下げないと生きられない制度であることを許容してしまえば、それはいよいよ奴隷と主人の関係性のようになってしまう。

アウトリーチの可能性

 一般的に言われる意味でのアウトリーチは、現行の福祉に当事者をつなげる役割を果たしていると言える。しかし、日本における福祉を取り巻く問題は、その繋げる先である福祉自体の中で不法な対応がまかり通っている点、ただ現行の福祉窓口を紹介しても当事者の生活が保障されないという点にある。

 過去の無料低額宿泊所での生活環境や、福祉事務所での対応の経験から、福祉を使いたくないと思わされた人たちの側に立って、劣悪な生活を強いる支援の側を変えていこうとする試みとしてのアウトリーチ。それは、「屋根があるから我慢しろ」「食べ物があるだけマシだから文句を言うな」という示唆が仄めかされた、従属を強いる支援のあり方を変えることを可能にする。そのアウトリーチの意義は、現場で実際に何が起きているかを直接見聞きできることと、当事者と繋がってともに不条理に立ち向かうきっかけとなることにあると思う。専門家や行政の発表する資料からだけではなく、紛れもない当事者が具体的にどのような不条理に直面しているかを直接知ることで、課題をより正確に把握することができ、”貧困問題”を考え、問題を解決する土台になる。
 
 家のない人々が福祉から締め出されたり、安心した住居を得られないことが現代日本で起きているという事実が世間の目に晒される機会は本当に少ない。当事者の話をきちんと聞こうとする人々は少数で、既存の支援も炊き出しなどその場しのぎの支援に留まってしまうものが多く、福祉制度の運用を問い直したり、貧困の背景を考えながら根本を変えようと試みる運動は皆無に等しい。アウトリーチは、福祉事務所を利用する当事者と繋がり、支援者-非支援者という関係性を超え、同じ社会に生きる「当事者」として、問題を発信することを可能にするのだ。
 
 私たちは実際に、アウトリーチで繋がった当事者と記者会見を開きこの実態を告発した。7月19日と7月29日に厚労省の記者クラブで行った記者会見では、合計10名以上の記者の前で現状を訴えることができ、記事となって多くの人々に読まれている(記者会見の詳細はこちらから)。社会問題は、問題化する人がいて初めて表出する。

 知ろうとしなければ、そしてそれを人に伝えなければ、あっという間にいないことにされ、命を軽いものとみなされる人々が確実に存在している。今この瞬間も困窮に喘ぎ、人間らしい生活を諦めている人に、一緒に闘う仲間がいることを伝えたい。

朝日新聞デジタル(https://www.asahi.com/articles/ASS7M346SS7MUTFL015M.html)
一時東京新聞のトップ記事になった。東京新聞(https://www.tokyo-np.co.jp/article/343740)

 

まとめ 

 世間の多くの人々は、学校で習った通りに、生活保護をはじめとする福祉制度は「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するためにきちんと整備されており、憲法や生活保護法が定める通り、当然のごとく自然に機能していると考える。その一方で、私たちがほんの数時間、福祉事務所前でアウトリーチをするだけで出会う当事者の置かれる状況から見えてくる生活保護制度の実態は、私たちが教科書から習ったこととは乖離している。 果たしてこれが「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する制度と言えるだろうか。エアコンがない、カビだらけの部屋で虫とネズミが湧く、文化活動を行う余裕は残らない、またはそもそも制度を使わせてもらえず、暴力をふるう同居人と暮らすしかない、路上やネカフェを行き来する日々...。 私にはこれが「健康で文化的」な生活とは思えないし、この水準で「最低限度の生活」が「保障」されていると満足したくはない。だからこそ、ただ同じ社会に生きる人間として話を聞き、話し、もっと人間らしい生活ができて当然だと、声を上げ続けたい。人の命が、人の生活が、既存の制度を円滑に回すことや財政的なコストより軽視されていいはずがない。生存権をまもるための闘いはこれからも続いていく。

私たちにできること

市役所前でのアウトリーチ

9月2・3・4日

食料配布

8月30・31日
9月7・8日

詳細は以下の記事を見てほしい。↓

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