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鬼と人間を対比したコンプライアンス研修の可能性について

コンプライアンス研修には様々なやり方がありますよね。実施形態としては主にEラーニングと講義(座学)があり、会社によってはそれらを組み合わせてオリジナル研修を組み立てるところもあると思います。実施方法というのは「どう教えるか?」がイシューですから、本来は「何を教えるか?」が先に検討され、そのうえでどう伝えるか、どのような実施方法がベストかが検討されるべきです。しかし、実務では研修方法の議論から始まることが多くいつも驚きます。

まず何を教えるかを検討しましょう、と問えば、「そりゃあ『 コンプライアンス』でしょう。」という答えが返ってきそうですが、ここがコンプライアンス研修の難しいところです。多くの会社では「コンプライアンス」を「法令遵守」あるいは「法令その他の規範を守り社会(ステークホルダー)の期待に応えること」と定義したうえで、これは大事なのだ、だから守るべきなのだ、といった理屈で(ときには不祥事の事例を挙げたりしながら)コンプライアンス研修の総論部を進めていると思います。私も長年そのようにしてきました。でも何か違和感はあったのです。あまり説明になってないよなぁと説明者自身が思いながら研修するのは何かおかしいですし、受講者も決して楽しそうではありません。一言でいえば「やらされ感」でやっているし受けている。それが私にとってのコンプライアンス研修でした。

なにかいい方法はないかなと模索していた2016年頃、ちょうど、ビジネスロージャーナル(今は廃刊)で「エモーショナルコンプライアンス」を打ち出した増田英次弁護士の連載に触れました。これだ!という感動をシェアしたくて、コピーを同僚に配ったり、昔の上司に送ったりしたものです。エモーショナルコンプライアンスは、「やらされ感」の呪縛から私を解放してくれた概念です。その後書籍化され、下記リンクでもわかりやすく解説されているので興味がある方はぜひご覧ください。

 https://www.businesslawyers.jp/articles/857

https://www.businesslawyers.jp/articles/858

「エモーショナルコンプライアンス」に触発されてからは、従来型のコンテンツはすべてゴミ箱に葬り、コンテンツを一新しました。1つ1つは紹介できませんが、自社の経営理念(ミッション・ビジョン・バリュー)やフィロソフィーに立ち返り、会社の使命や各自の使命、仕事の在り方の話に相応の時間を使うようにしたことが従来型コンテンツとの大きな違いです。増田弁護士が説くようなハイレベルな領域にはぜんぜん達していませんが、自分と受講者を「やらされ感」から解放することには徐々に成功しているように思います。

私なりのエモーショナルコンプライアンスを更に後押ししてくれそうなのが、鬼滅の刃です。説明するまでもない人気のアニメ・映画であり、作品そのものにも多分に感銘を受けたのですが、映画館で無限列車編を観ているとき、これは企業コンプライアンスにも活かせるなと直感し、2021年度のコンプラインス研修から試行しています。その一端を紹介したいと思います。

作品の見方は人それぞれあろうかと思いますが、作品の中での鬼社会と人間社会の描かれ方は、現代のブラック企業とホワイト企業の対比そのものですよね。これは一般の論評でもよく言われることではないかと思います。どちらの世界で仕事がしたいですか?と問えば、多くの人は炭次郎の居る人間の世界を選びます。これだけでも十分なのですが、私はもう少し堀り下げて、次のような分析を研修のなかで紹介しています。

図1

従来型のコンプライアンス研修では、ルールを守らないと大変なことになりますよ、ということを、他社の不祥事の例を挙げたり、場合によっては懲戒処分になることもありますよと言ったりして懇々と説明していたわけですが、それでは外発的な動機付けにしかなっていなかったわけです。自分の仕事に誇りを持つことだったり、会社や個人がそれぞれの使命を果たすこと、それらを内面から湧き上がる意思・自らの選択によって動機付けることが、これからのコンプライアンスに重要な視点だと思います。そこに納得感を与える最高の素材を得たような気がしております。具体的には「私たちはなぜコンプライアンスに取り組むのか」という項目でこの話をしています。この話のあとに、じゃあ私たち(会社)の使命は何でしたっけ?それを言葉にした理念もありましたよね?という話へ自然につなぐことができたりします。流行りの映画・アニメということで、年代を問わず観られている作品でもありますので、退屈になりがちだった研修へのスパイスとして、とてもおすすめの素材です。みなさまの会社でも試してみてはいかがでしょうか。

ところで、実際に鬼滅の刃を研修に使うにあたっては、価値観の押し付けになるのではないか?という点も自問しました。自分なりの答えとしては、研修自体、何らかの形で会社や講師の考えを押し付けるものですし、特にコンプライアンスに関してはそうです。自社のコンプライアンスの考え方にさえ沿っておれば、そのレトリックとして作品を使い、講師の価値観を(あくまで1つの見方として)紹介することはアプローチとして間違っていないだろうという結論に至りました。また、まだ観ていない人への配慮も一応必要です。研修のなかで簡単アンケートをしてみるのもよいと思います。私の経験上、どの研修で聞いてもほぼ視聴率8割以上です(最近だと更に高いでしょう)。「ストーリーには触れない前提で、8割を超えていれば扱おうと思ったのですが」と続ければたいてい違和感なく受け入れてもらえると思います。

コンプライアンス研修には、その会社に適した色んなアプローチがあります。わたしは意識醸成型の科目でEラーニングを使うことがあまり好きではないので(受講者としても)、なるべく自分のオリジナルコンテンツで自分が話す形式を重んじています。Eラーニングが受け入れられやすい会社では動画やスライドを使ってEラーニングを行うのもよいでしょう。また、記事に紹介したエモーショナルコンプライアンスは、いつでもどんな会社でも通用するアプローチだとは言えません。例えば、実際に不祥事が頻発し、その再発防止に取り組む企業では、一時的に外発的動機付けを強めるべき場面もあるでしょう。いずれにせよ、「どう教えるか?」よりも「何を教えるか?」を先に考え、経営目線で自社と外部環境を分析していけば、きっとベストな研修の在り方が導き出せるものと思います。

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