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098_Fragmentorchestra「Fragmentorchestra」

「え、記憶を売ってるの、君?」
「はい、そうです!いらっっしゃいませ、どうぞ、どうぞ。いっぱいあるんで、見ていってください」
「へー珍しいね、今時このご時世で。ふーん。あ、だめだよ、これだと、フラグメントの部分がバラバラだ。こんなの売っちゃダメだよ、どうも君若いみたいだけど、ちゃんと親御さんとか、記憶売ってるの知ってらっしゃるのかい?」
「いや、それは大丈夫ですよ。ていうか、これほとんど、父の記憶ですから」
「え、お父さんの?お父さんの記憶を勝手に君が売るのって、それはそれでまずいんじゃない?」
「いや、父の遺言なんです。自分が死んだあと、どうしても生活に困ったら、俺の記憶を売って、なんとか生活の足しにしろって。とっておきの記憶をいっぱい持ってるからって。うち、お母さんも私を産んだすぐに亡くなっちゃったから、私、もうひとりだけになっちゃって」
「そうか…、そうだったんだね。いろいろ大変だったろうに、ごめんね、いろいろと聞いちゃって。じゃあ、そうだね、この端っこに置いてある緑色のお父さんの記憶もらえないかい?」
「はーい、ありがとうございます。それは、父が若い頃に世界中回っていて、アラスカを旅した時に、オーロラを見た時の記憶で、一番とっておきのやつですよ。私は見てことないんですけど、とても、綺麗らしいと思いますよ」
「そっか、オーロラか、それは素敵な記憶だね、じゃあ、いただくとするよ。いくらだい?」
「はい、5000円になります」
「お父さんの大事な記憶だ、これは気持ちだよ、取っておいてくれ」
「あ、こんなに…。すいません、お気遣いいただいて、ありがとうございます。父もあなたみたいな人に記憶を買ってもらって、きっと喜んでくれると思います」
「うん、これからいろいろ大変かもしれないけど、めげずににがんばってね」
「本当にありがとうございます。また、いらしてください」
(いい買い物をしたな、1950年代のアラスカのオーロラの記憶をこんな道端で買えるなんて。なにより、あの娘さんと話していて、とても気持ちがさわやかな気持ちになった。さぞかし、お父さんの教育がよかったんだろう。よし、早く帰って、ご飯食べながら観ようっと)

「いい記憶が手に入ったんだ、後で一緒に見ないかい」
「あら、どうしたの?珍しいじゃない、あなたが記憶を買ってくるのなんて」
「うん。まあ、ちょっとね」
「前はいっぱい見てたのに、人の記憶とか見るのは気が引けるんじゃなかったの?もうそういうのは、時代遅れだからって、あなたこの前言ってたじゃない。急に気が変わったの?」
「まあね、いろいろあってね。お父さんの記憶を売っている娘さんが駅前にいてね。なんとなく。ほら、見てごらん、アラスカのオーロラの記憶だって、たぶんすごいきれいだろうね。ええっと、再生機はどこやったっけ?」
「へえ。再生機、全然使わないから、確かに前、ガレージの倉庫とかにしまってるんじゃなかったかしら?」
「ああ、そうか、そうだったね」
「私、ご飯の用意するわね」
「うん、ありがとう」
(ゴソゴソ。ええっと、ここだったかな…。あ、あったあった。う、だいぶ埃かぶってるな。ゴシゴシ。よし、と。コンセントつながればたぶん大丈夫だよな。レセプタも壊れたないはずだし、細動機も確か最後に使った時に交換しといたからな)

Fragmentorchestra - The Rabbit

「よし、持ってきてよ」
「はーい、ご飯も支度できてるわ。あなたの好きなワイン買っといたわよ」
「ありがとう、よしじゃあ、早速観てみよう」
ガチャ。
「うーん、あれ、なんか黒いままだね。これ、ちゃんと動いてんのかな?」
「ちゃんと電源入ってる?」
「コンセント繋いでるし、えーっと、1958年5月7日15時25分、うん、日時の数字は進んでるから、ちゃんと再生はされてるな」
「真っ暗だから、目瞑って寝てる時の記憶なんじゃない?」
「そんなもの、わざわざ残さておかないよ。ちゃんと、記憶として、保存しておきたいものをこうやって外付けに残すんだからさ…。とっておきの記憶だっていってたのに、まさか、あの娘に騙されたのかな?」
「あ、だめよ、ほら、これ。見て、タイトルの標記の記載がズレているから、たぶん後から記憶が上書きされてるわよ」
「ホントだ、上から改めて保存し直したってことか。じゃあ、後から上書きされたから、元のオーロラの記憶が残ってないってこと?それじゃ、ダメじゃん。でもオーロラを上書きするほど記憶ってのがこれってことかな」
「あ、でも聞いて、画面は真っ暗だけど、なんか喋ってるわよ。声、赤ちゃんの声かしら?」

オギャーオギャー。
「はい、もう、目を開けていいわよ。ほら、かわいいでしょ?」
「ああ、これが、僕らの子供かい?」
「そうよ、あなたの子」
「お、女の子かあ。ちゃんと抱けるかな」
「大丈夫、ほらゆっくり、優しくね、優しく」
「あ、可愛い、笑ってるよ、ほら、見て。俺の顔見て笑ってる。笑ってるよ…」
「あなたがお父さんってわかってるのよ。ね、よかったね、お父さんに抱っこされて」
「お父さんだよ、よかった、よかった。生まれてきてくれ。ありがとう、ありがとう。君も大丈夫かい?」
「うん、少し疲れちゃった。血がいっぱい出ちゃったから」
「そうだね、大変だったね、君も休んだほうがいい。あとは僕に任せて」
「あなた、その子よろしくね。よかったわねー、お父さんに抱かれて。あら、寝ちゃったみたいね」
「お利口さんだね、ふふ、かわいい寝顔だ。君に似て、とても可愛い子になるよ。とても、幸せな子になる。そうだよね」
「そうね、きっと幸せになるわね」
「ああ、本当に今日は僕にとって、とっておきの日だよ。今まで生きてきて、これ以上嬉しいことなどない、今まで見たどんな美しい景色よりも、こんなに美しい寝顔を存在しないさ、ありがとう、生まれてきてありがとう」

記憶はそこで終わっていた。どうやら、とっておきのオーロラの記憶は、さらにとっておきの記憶に上書きされていたらしい。思わず私と妻は涙ぐんでいた。

ダメだ、やっぱりこの記憶はあの娘に返してこよう。


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