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133_IRON & WINE「Woman King」

「カズキ、音楽ってさ」
「何?改まって」
「たまに腹一杯とかにならない?」
俺はちょうど朝飯と昼飯を兼ねた焼きそばパンを甘いカフェオレで流し込んでいたところだった。
「ごめん、それ、焼きそばパンの話?」
「いや、だから、音楽の話だって。ややこしい時にごめんな」
俺は、焼きそばパンを少しむせながら、胃のなかに流し込んだ。
「ああ、音楽で、ってことね。腹一杯っていうのは、つまりどういう状態?」

大学の軽音サークルのバンドでギターをやってる泰造は、高校からの付き合いで、暇な時にこうやってよく俺の部屋に来て音楽の機材を物色していた。今日のバイトは夕方からだから、音楽をかけながらまだこうやって部屋で二人でまったりしていられる。お互いに自分の好きな音楽をかけあいながら、いつもとりとめのない話をしている。

俺はヒップホップが好きで自分でもトラックも作っているが、ロック好きのカズキとは違うフィールドの音楽ということで、それで反発することはない。俺もロックを聴くし、泰造もヒップホップも聴く。まったく畑違いであっても、お互い同じ音楽好きというのは変わらないから。

「いや、なんかさ、人の一生に必要な音楽の総量って、実は決まってるんじゃないかなって」
「総量って?もう十分だから、これ以上聴かなくていいやってということ?」
「いや、なんていうかさ、たぶん自分の中でこれだって思える芯になるような音楽は数えるほどしかないわけじゃない?」
「そうだね、俺も今までいっぱい音楽聴いてきたけど、やっぱりこれいっつも聴いてるな、っていうのは数えるくらいだよね」

「そうそう、やっぱり俺は高校の時から、Libnack Statesが一番好きで。ずっと同じ曲ばかり聴いてて、こんな音楽やりたいと思ってバンドも今やってるんやけど、そうなると、別にLibnack Statesと自分の演ってる音楽とかあといくつか以外は、ぶっちゃけもう必要ないんじゃないのかなと思ったりするんだよな」

「うん、それ、わからんでもないよ。俺もバイトの先輩からDTMソフトでビートの作り方を教えてもらってさ、最初に作ったビートがあるんだけど、それなんかすごい自分の中で割合として大きな部分を占めているんだよ。人の作った音楽ってじゃなくて、自分の作ったものっていうのがなんか別物っていうか。なんとなく、俺の言ってる意味わかる?」

「ああ、わかるわかる、なんとなく、すごい感覚的な部分だけど」
「だから、人の作った音楽は確かにすぐにお腹いっぱいになることはあるけど、自分の作った音楽は別口になるかもしれない。それぞれ消化できるのは、違う胃腸みたいな」
「ふふふ、面白いな、それ」

音楽の話については、泰造との間でこうやっていっつも禅問答みたいに突き詰めたくなる。結局、俺とこいつの間の共通言語なのだ。俺はこう感じる、というか、俺はこの曲が好きだっていうことをお互いにどこまでも掘り下げていくことは、朝から晩まで話題が尽きることがない。

「カズキ、あのな、なんか、こう改まって言うのも、なんだけど」
「なんだよ、急に。いきなりここで愛の告白かよ、ちょっと心の準備させろよ」「違うって。こうやって、お前と好きな音楽を語り合えて、ああでもない、こうでもないって、言ってるのが実はいっちゃん楽しいんじゃないかな、って思うんだよ」
「うん、俺も楽しいよ。お前と音楽について話してるの」
どうしても、なんとなく気恥ずかしくて、顔がニヤケてしまう。一応、これは紛れもない俺の本音だったし。

「うちのバイト先の居酒屋に、店長の古い知り合いかなんかで、すごい金持ちの人が来るんだよ。たぶん、不動産とかで地主みたいな人なんだけど、そんなに年いってないのね、40歳くらいで。もう働かなくていいくらいの十分なお金があるらしくて」
「ふんふん」
「んで、俺カウンターで接客してて、たまにそのお客さんと話すことがあって、なんとなく聞いてみたんだよ。そんなお金いっぱいあって、なんでも好きなことできて良いですね、って」
「そしたら、なんて?」

「その人が言うにはさ、お金使って今まですごい遊んできたらしいんだけど、結局んところ、究極的に人間の楽しみって、自分の親しい家族とか友達と触れ合うことしかないんだってさ」
「あー、なんかわかる気がするわ。最終的に残るのは、その人も周りの人間関係ってわけね」
「そうそう、旅行とか美味しいもんいっぱい食べてても、それを共感してくれる人がいないと虚しいんだって。あと、ちゃんと帰ってこれる家がないと旅行ばっかしてても、しょうがないって」
「なるほどな」

「その金持ちのおっさん、周りにも自分と同じ金持ちがたくさんいるんだよな。めちゃくちゃお金がたくさんあっても、その人の周りにそういう付き合いができる人がいなくて、寂しい想いをしている人がたくさんいるって。それ聞いて、ああ、なるほどなって思ってしまったわ」
「まあ、確かにね」
「それって、音楽聴いてても一緒だなって。めっちゃ良い曲あっても、それを共有できる相手がいないと、まあ楽しさ半分なんだわあ、って思うし。やっぱり一人で行くライブより、お前と一緒に行くライブの方が楽しいじゃん」
「うん、それは思う」

「幸運の総量っていうのも、そのおっさんの言うことだと、もうこれ以上いくと変わらんってところが、人それぞれあるんだって。そこに行くと、どんだけ贅沢してもそれ以上は幸せにはならないらしいわ。なんかそれが、さっきの音楽の話にも当てはまるなっていう」
「ああ」
なんとなく泰造の言いたいことが自分の中で腑に落ちた気がした。すごく感覚的で、全て言語化できているわけではないけど、少なくとも今こいつと同じものを共有しているのは確かだ。

「いや、だからな、たぶん俺の人生の中でも、お前の部屋で音楽の話をこうやってずっとお前としてるのって、すごくいい感じなわけで。ああでもない、こうでもないって。まあだから、どんだけ俺らお互い歳取っても、いつまでも音楽の話をしててくれねーかなって」
「ふふ、なんだそれ、これじゃあ、やっぱり本当に愛の告白じゃねーか」
「まあ、結果的にはそうなるわな。だって、お前の部屋って落ち着くし」
「俺よりくつろいでるだろ。てか、この前、冷蔵庫の俺のプリン食ったろ」
「あ、バレてた?」

2人して笑う。俺も同じだ。いつまでもこうやって、こいつと2人で好きな音楽の話をしていたいと思うし、それが幸せなんだってことを。



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