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028_Linkin Park「Hybrid Theory」

「飯田さん、頼まれたやつできました!」「おう、ありがとう」

そうだった。明日の重要なプレゼンに備えて、昨夜、島田に「当期四半期の前年度と今年度の数字をバックデータでまとめておいてくれ」って頼んでいたんだった。島田から、数字の並んだ書類を渡される。

ええと、ここの数字が、ここに入って、と。あれ?

「島田、お前、これエクセルさ、ちゃんと表計算使ってやってる?」

「え?表計算すか?ちゃんと電卓で計算してから、パソコンに入力しました!飯田さん言った通り、紙でも打ち出しましたし」

いや、ちょっと、何言っているかわからない。

「えっと、まず、どこから言ったらいいのかな。ちょ、ちょっと、まず画面見せてみろ」「はい!これです」

やっぱり。こいつ、エクセルの数式上でセルの中にSumの範囲指定も何もしていない。数字を電卓で計算して、その結果を数値で直接入力してる。OK、わかった、全容は理解した。島田、お前、それじゃワードと使い方と一緒じゃねーか。しかも、電卓打ったのに、数字も間違っているときている。

一番確実なやり方としては、こうだ。①エクセルに計算の対象となるベースの数字を打ち込む、②①の合計欄の計数を弾き出すセルに、①の打ちこんだ数字全体をSumの範囲指定をする、③セルで合計の数字を出す、④紙で印刷して、改めて数字を電卓で足しあげてsumの計数があっているか、そもそも①で入力したベースの数字や範囲指定が間違っていないか、最終的にチェックする。

確かに「最終的にちゃんと最後は紙で確認しろよ」と俺も言っておいたのだが、そうきたか。さて、①から④をまた島田に一から教えなきゃいけないのか、俺が。はあ。

島田の野郎。何度目のチョンボだ、これ。なんであいつをこの部署に置いとくんだよ。もう、いい加減にしてくれ、奴の尻拭いはゴメンだ。俺だってやりたいことが山ほどあるのに、これ以上、貴重な俺の時間を使わせないでくれ。俺は今週からは定時であがって、副業に精を出して、俺を評価しないこの会社をいつか辞めてやると決めたんだ。

しかし、島田は何度失敗してもめげないし、どんな仕事に対してすごくに前向きに一生懸命取り組んでいる(ように見える。)割と知名度があり聞こえのいい私立大学を出て、学生時代からずっとスポーツをしていて、見た目も悪くない。笑顔がひと懐っこいところがあって、そのおかげで人当たりもすごくいいし、あいつと話していて好印象を持たない人はいない。他部署の女子とか、気軽に打ち解けて奴と談笑している姿もよく見る。いわゆる周囲に人が集まるタイプなんだろう。そうだ、俺と違って。

課長も部長もあいつに期待している。やがてはうちの会社で、幹部としての道もあり得るのだ。だから、こそだ。なぜここまであいつがポンコツなのか。教育係の俺がここまで面倒見ているのに、なぜ結果を出しれくれないのか、憤りを感じえない。期待が大きいから、それを裏切られた場合の落差もすごく大きくなる。

頼むから、失望させないでくれ。お前みたいな奴のパターンだと、どうせ仕事もできて当たり前なんだ。俺がお前の仕事のミスを指摘すると、なんか俺がやっかみでみみっちい揚げ足取りしているように、周囲から見えるかもしれない。そんなことを気にしているのは、俺だけかもしれないのだが。

俺をこれまで追い越してきた奴らは、だいたいそうだったんだ。勉強もスポーツも人間関係も、俺よりできる奴はいっぱいいた。そして、俺はそうできなかったし、それを自分の努力が足りないからだ、自分を変えればできるんだなどと思い込んでいた。「人生が変わる」「人から好かれるようになる」と謳った自己啓発の本を何冊も読み込んだ。でもダメだった。俺はいつまでたっても初対面の人からはなんか「怖い人」「機嫌の悪い人」だと認識されるし、打ち解けて話してくれる人もいないから、いつも周囲に人が寄ってくるような人気者などにはなれない。

俺は、自分にできなかったことを島田に期待する。みんなも期待する。こいつは仕事できるに違いない、いやできてくれ。しかし、そういった俺含め周囲が勝手に彼に期待してしまうこと、それ自体は島田には罪はないことかもしれない。なぜなら島田はずっと島田だし、皆の期待などコントロールできないからだ。そう考えると、人間って勝手なもんだよな。

しばらくして、島田がデスクにやってきた。「飯田さん、メシ行かないっすか?」時計を見ると、もう12時だ。こいつ、さっきのやりとりを経た後で、何にもなかったように俺を昼飯を誘ってくる。本当に羨ましいメンタルをしている。「ああ、もう、わかったよ。ちょっと待ってろ」しょうがない、小言はとりあえず午後イチだな。「いい、ラーメン屋あるんですよ!」島田が弾けた笑顔を見せる。

明日の商談でのプレゼンの日程の話を交えつつ、島田とラーメンを勢いよく啜る。一旦腹が落ち着いてきたので、水をおかわりする。自分も30歳近くになって、最近腹が出てきたのがどうしても気になり出した。それに比べて、島田はずっと運動をやってるのかスリムなものだ。水を飲み終えて、一息入れてから、なんとなしに島田に話しかける。

「お前さ、今の仕事どう?」

「今の仕事好きっすよ。みんないい人ばっかだし。なんか俺も毎日成長できているっていうか。ていうか、飯田さんってホント資料作ったり、数字まとめるの早いっすよね。マジビビります」

そりゃそうだ。それでしか、俺は評価されないからな。これまで、紙の上で見える形の結果を出して、俺に寄り付かない周囲の人間達に叩きつけてやってきたんだ。ペーパーが作れなかったら、誰も俺を認めたりしない。お前みたいに、目に見えない形の評価を受けることはできなかったんだ、俺は。

「でも、俺はお前みたいに、いきなり面と向かって部長に対して「明日のプレゼンはうちで仕切らせてください」とは言えないよ」

「いや、あれはホント話の流れで。たまたまっす。俺は、飯田さんみたいに、何枚もプレゼンのペーパー、見せ方も含めてあそこまで作り込めないっすよ」

「そんな大したもんじゃないよ」

こいつはどうも、俺のペーパーを信用しすぎるきらいがある。いや、待ってくれ。俺のペーパーのバックデータの数字は、頼むから自分の目で確認してくれな。

「それがあったんで、部長に言ったんですよ。飯田さんのプレゼンなら、絶対大丈夫だって思って」

島田からこう言われると悪い気はしない自分がいる。こいつは天性の人たらしだな。そうだ、こいつは俺と違って、人を信用してそいつに仕事を任せ、そして自然と周囲の輪と調和させて、成功させていくのが得意なんだろう。こいつは満足にエクセルの表計算もできないが、俺のペーパーを馬鹿みたいに信用しきって、俺のプレゼンで次の商談を戦おうと部長に対して提案してくれたのだ。俺にはどうひっくり返っても、そんな真似は到底できない。ペーパーには残らない能力がこいつにはある。

「お前も、すぐにあれくらいできるようになるよ」そうあって欲しいという気持ちも含めて、俺はつぶやく。

「無理っすよ。だって、魚に対して「お前はこれから空を飛べ」って言っても、無駄じゃないすか!」

「そりゃそうだな」俺は笑った。

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