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090_The Avalanches「Since I Left You」

「結局、これから俺はどうしたらいいか、俺なりに考えた結果なんだけど」
「うん、いいよ、話してみて」
「この1年間、できるならいろいろ挑戦してみたり、楽しんでみてり、遊んだりして、まあそれで決めてみようと思う」
拓哉は私の目を見つめてそうつぶやく。2人とも同じ大学3年生の春。拓哉は急に就活はしないと言い出した。こうだと決めたら考えを変えない。元から思い込みが激しい方なんだと思う。それがプラスの方に働くうちはいいんだけど、今は少しばかり雲行きが怪しそうだ。

「え、どういうこと?ごめん、ちょっと整理させて」
「正直、自分のこれだ、熱中してやりたいってことがないんだよね。自分の強みとか、俺の長所とかそういうの?結局、わかんないんだよね、いろいろやったけど。高校の時は、バスケずっとやっててさ。んで、今はバンドもやって、ボーカルもしてそれなりに楽しくてさ」
「うん」
OK、わかった、今はとりあえず、彼の話を聞くフェイズだ。自分の意見を言い返すのは、きちんと相手の話を聞いてからだ。相手の話を決して遮るな、これは母からの教えだった。人の話を遮るのは相手への攻撃だ。私は戦闘民族じゃない、少なくとも今は。

「ああまあ、こんな感じなんだってのはわかったんだけど、その先がないっていうか。これに夢中になって、自分はこれで一生やってこうなんて、そんな熱い気持ちはなかったんだよ」
「うん、まあ、それは、みんなさあ、そんなもんなんじゃないの」
「そうかな」
「拓哉だけじゃないでしょ、自分はコレだ!コレしかない、みたいなことなんてすぐに見つからないよー。私だってそうなんだもん」
「だから、探すんだよ、1年間。いろいろ試したりしたいの、自分がどんな人間なのか知りたいっていうのもあるけど、こんな気持ちで適当に就活して適当な会社に就職しても、たぶん俺ダメになっちゃうし、たぶん会社勤めって俺向いていないと思うもん」
「俺って、〜だから」というのはよく拓哉の口癖だ。自分でそれを思っているうちはいいが、それを他者との関係でも持ち出してくるのと話は違ってくる。結局、俺はこういう人間だから、あなたとは違うんだということを暗ににじませてくる。

「まだ就職もしていないのに?拓哉も私も、まだ働いたことないじゃない。働くことに、向いているか向いていないなんかもわかんないよ」
「そこはさ、仕事でも仕事じゃなくても、一緒でしょ。このまま、就職して仕事し始めたら、就職以外の道が自分に向いているかどうかわからないまま、働くことになっちゃうんだよ。そうなる前にやっておこうと思うんだよ。それで結局、考えた結果、会社で働くべきなんだなって思ったら就職するし、そうじゃないな、と思ったら違う道を歩めばいいと思うし」
「そんなんでいいの、結局、拓哉は逃げてるだけじゃないの?結論を先送りしたいだけだよね、なにかしら理由をつけてさ。結局、就活で自分が会社に入れないのが怖いんだよ。会社に自分が拒否されるのが、怖くてしょうがないんでしょ」
私は「逃げてる」という言葉に対して彼が絶対に食いついてくると思って、全力で釣り針を投擲した。自分が図星だと思うワードに対しては、強く抗弁するに違いない。なぜなら、自分でもそう思っていることを認めたくないからだ。

「いや、違うって、俺はそもそも就職して会社に入ることだけが、自分の進む道なのか、わからないってこと。大学に行くこともそうだった。なんとなく、勉強は得意だったから、進学校に来て周りが行くから大学にそのまま入ったけど、大学でコレが本当に自分の学びたいことだったのか、っていうのは全然違ったよ」
思った通り、彼は強い口調で反応してきた。理科の実験で行ったようなスチールウールの急激な発火のような強い化学反応を思い出させた。
「経済なんて、3年間勉強しても、自分は全然興味がないってことはわかった。それを仕事でも同じような失敗はしちゃいけないと思うんだ。まゆは大学で本当に学びたいことだったの?本当にまゆのやりたいことはなんだったの?」
「そんなの、わかんないよ」
私は一回冷静になろうとした。でも無理だった。こうなると止まらない。
「わかんないけど、自分なりにわかるようにするために、学校に行ったり、働いたりして、経験を積んでこうと思うわけじゃん。拓哉はわかんないことはやりたくないっていうけど、やってみないとわかんないよ。バイトとかでもそうでしょ、居酒屋やってみたら結構楽しかったって、前言ってたじゃん」
「だからー、一回就職して仕事しはじめたら、仕事以外のことやってみることってことができないじゃん、って言ってんんだよ、分かれよ、いい加減」

一瞬、彼の言葉の最後、「分かれよ」が「別れよ」に聞こえた。このまま二人で話しても、平行線なんだろう。たぶんもう限界なんだ。結局、拓哉は逃げているだけだよ。そうだ、そうに違いない。そうであって欲しいのだ。それは、わたしの立ち位置からすればの話。

でも、そこから違う位置から見ている自分もいる。客観的な自分は冷静である。こうやってなんでも一歩下がって、分析し物事の本質を洞察しようと試みるのは私の長所でもあり、短所であるとも言えた。昔から両親が不仲だった関係から、子供の私は両親の言葉の端々やニュアンスから、機嫌がいいのか悪いのか、相手に不満を持っているのかなど現在の2人のステータスを瞬時に分析しなければいけなかった。そして、いつも自然と物事のその先にあるものを見ようとする。だが、案の定分析しすぎると、それ満足してしまうか、もしくは先の先のことまで考えるのに疲れてしまって行動に移せない。

「まゆのやりたいことはなんだったの?」拓哉からの問いは、拓哉を攻撃することによって、その答えを避けようとしている自分がいる。このまま、私は拓也と話していてはいけないんだ。私は今の自分のスタンスをそう分析し、結論づけることにした。「そもそもなぜ、〜なのか」「本当にそうか」という視点を、拓哉は持ち合わせてない。それはそれで羨ましかった。自分はこうだ、と思って行動できるから。それは自分にはできない。

この気持ちでは、絶対に家に帰って、ESを書けない。第2志望の会社のESを書くときに、ここが第1志望だと自分に思い込ませて書くことはできない。嘘がつけない、自分を背伸びして大きく見せることはできない、自分を誤魔化すことができないのだ。散々、就活で紙の上で自己分析させられているのに。そう、私って、他人の分析はいくらでもできても、その分析に基づいた自分への応用ができるほど、そんな器用じゃないから。だから、拓也と一緒に励まし合いながら、二人で就活頑張ろうってやっていけたらいいなって思った。拓哉は自分にはない直感的な人だと思ったから、こうしたらいいよって、道を指し示してほしかった。

でも、私はもう親に負担かけられないよ、家が裕福な拓也と違って私は奨学金も取っているし、卒業後に何百万も借金がのしかかるの。でも、確かに、好きでもないことを勉強しに大学に行くのに、借金してるのってのはおかしいよね、そこは確かに拓哉の言うとおりだ、ハハ。もしかしたら、会社に就職するのも同じことなのかもね。大学には奨学金だったけど、会社に就職して働くのは、もっとお金以上に自分の大切なものを差し出すことになるかもしれない。そこまで将来の自分を分析している自分が嫌になる。

ああ、もうお酒飲みたいな。すごく強いやつ。拓哉、酒に弱くてすぐに寝ちゃうからつまんないんの。部屋で一人でYou tubeをいじっていたら、こんなタイトルの動画があった。

【悲報】他人を分析しすぎるのは危険!?直感型の彼氏を分析しすぎた女の末路

まるで今の自分をそのまま抜き取ったかのような動画だ。世の中、いろんな人のニーズを満たす動画があるものだ。もういっそYoutuberにでもなって、他人のあるある分析動画でも作って出そうかしら。私はお酒が入りながら、半ば少し本気になりつつ、動画の再生ボタンをタップした。

しばらくしたら、俺はYoutuberになりたいだとか拓哉が言い出しそうだな、となんとなく思っていた。


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