見出し画像

168_Little Tempo「Fire Blender」

たまの休みなんだ、何をしようか。割と早く朝目覚めて、近くの公園をブラブラ散歩しながら考えている。今は4月で桜もキレイだし、花見をしようと遊びに行く人も多そうだ。しかし、俺は特にこれといって行きたい場所や欲しいものなども思い当たらない。

それならそれでいいや、そうやって何もしないでボーッとするのもまた休日だから。今日1日はとりあえずすべてのスイッチをオフにしてゆるくいきたいものだ。

そんな時に、電話がかかってくる。近くに住んでいる大学の同級生の今井だった。
「今、ヒマ?」
「うん、ヒマヒマ」
じゃあ、ということで今井がやってきた。どうやら、俺とおんなじ感じらしい。二人とも仕事ばっかりで、まったく女っ気無し。こいつなら自分と一緒だろう、みたいな空気感で一緒にいるので、こんな2人が外を出歩いても華々しいことは特には起こらない。だけど、今井と俺には共通点があった。2人とも音楽が好きだった。

特に行くあてもないので、学生時代に住んでいた下北沢に行こうという話になった。古いレコード屋をまわったり、渋いジャズのかかる喫茶店などでくだらない話をして、時間を潰したり。学生時代と変わらないことをしていた。そんな風にして、休日の午後の時間がゆったりと流れていく。特になんにも起こらないことが、逆にリラックスしてとても心地よかった。

「なんか変わったことあった?」
「いや、特に。全然。あ、でも、ちょっと待って」
「何?」
「職場でさ、電話してて「高木さん、いないですか?」って話してて、「高木ではないですが、佐藤ならおりますので代わります」って言われたのよ。俺もよくわからなかったけど、そこで確かに今まで俺の知ってる高木さんが電話口に出てさ、「はい、佐藤です」って言うの」
「うんうん」
「あ、そうか、結婚されて名前が高木さんから佐藤さんに変わったのかと思って。
ああ、お名前変わられてたんですね、結婚でもされたんですか、おめでとうございますって言っちゃったの」
「それで?」
「そしたら、電話口で相手がシーンとなっちゃってさ、あ、俺、なんかまずいこと言っちゃったのかなと思ったら、その佐藤さんが「離婚して旧姓に戻ったんです」ってボソッと俺に言うのよ」
「あー、やっちゃったね、それは」
「周りも凍りついてただろうね、他の人に聞いたら、本人は散々周りに結婚して旦那の苗字変えるのを大変だとかとか言いつつのろけてたのに、結局1年もたなかったっていうね」
「俺も似たような経験あるよ、バツ2とかで3回目の結婚したっていう人が職場にいて。すごい綺麗な女の人で、もうその職場では有名な人なんだけど。んで、離婚結婚のその度に何回も何回も名字を変えるから、電話する前にちゃんと周りに「今、○○さんってどんな名前だっけ」って確認しなくちゃいけないのよ」
「それ、なんかもう混乱してくるわな。ハハハ」
「もうわからなかった時は、しょうがないから「旧姓○○さん、お願いします」って言ってよ」
「女性は大変だね」
「夫婦別姓っていうのはある意味、こういう時に必要なのかもしれないね」

女っ気のない二人が女性の職場における苗字の使い分けの問題について、話しているのがなんとも滑稽だった。やっぱり桜がキレイだから、桜の綺麗なところで酒でも飲もうかいう話になった。吉祥寺公園か目黒川のどっちがいいかという話にもなったが、決められないので2つとも行こうという話になった。

周りは花見客ばかりで、酒を飲んで騒いている男女の横で冴えない男二人が花を肴に金麦を飲みつつ、だべっていた。i Phoneのスピーカーでお互い好きな曲を一曲ずつ流し合いながら、その曲の良さについて語る。学生時代もおんなじことをやっていた。2人とも、なんにも進化していないということがなんとおかしみがあった。

「次はこれだな」
「ああ、この曲な」
「聴いたことある?」
「うんうん、前You tubeで見た、いいよな」
「そう、最初はそうでもないんだけどさ、何回も聴くと後からジワジワ効いてきていいんだよ」
「スルメ曲ってやつね」
「んで、仕事してたり、メシ食ってたりする時に急に頭の中でこの音楽がまわって頭から離れない時があるんだよね」
「頭ん中で曲がリピートして離れない現象って、ちゃんと名前ついているらしいよ、なんとか現象って」
「なんとかって、何wへえ、そうなんだ」
「ええっと、ちょっと待って調べるわ。ディラン効果またはイヤーワームって言うんだって」
「へえ、面白いな」

そんなこんなお互いの流す曲について、ああでもないこうでもないと言っていると知らぬ間に何時間も時間が経っている。あたりはすでに夕暮れになっていた。桜と夕焼けのコントラストが絶妙に綺麗だった。すでに金麦の500ml缶を3本も開けていて、つまみもすっかり無くなっている。仕方ないので、ノロノロととりあえずその場所をあとにした2人は銭湯に向かった。

サウナで汗を流して、水風呂に入るのが至福の一瞬だった。
「おおっっつ、やっぱ俺水風呂って、俺いまだに慣れないんだよな」
「最初だけだよ。俺はサウナの後は水風呂ないと絶対ダメだわ」
「もうすっかりサウナーだな」
「みんなサウナ入るべきだよ。こんな気持ちいいの他にないもん」
風呂上がりにはフルーツ牛乳を飲みつつ、扇風機の前で二人でタオル一丁でまただべっていた。ふうっと一息をつく。

その後は2人で近くの赤提灯の安い居酒屋に行ってから、結局そろそろ帰ろうかとなったのは、10時近くだった。
「じゃあ、またな」
「うい、また」
結局、本当になんにもこの1日大したことはしていない。2人でゆるっとした時間を過ごしただけだった。だけど家に帰る道すがら、川辺の夜桜がまた月に照らされて、綺麗だった。それを見たら、なんとも言えない多幸感に満たされていた。こんな日々がずっと続けばいいな、と漠然と思った。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?