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162_DAVID BOWIE「HEROS」

「ちゅ、中隊長、動き出しました!」
すぐにモニターの動きを上司に報告した。さすがに8時間ずっと椅子に座りっぱなしだったため、立った瞬間足がよろけた。大きな声を出したので空腹に堪える。すぐに上司が自分にモニターの前までやってきて、注意深く、暗いモニター上のその点と点の動静を見ている。素人から見ると、その一つ一つが何を意味するかはなかなか判別がつかないが、これらは全て敵国の移動兵器の動きに連動しているのだ。その2点が示した先に、何かしらの反応が見られる。

「確かに、今後動きがありそうだな」
「じ、自分はここで引き続き注視致しましょうか」
「いや、エンリケ伍長。お前も流石にここ最近、気が張りっぱなしではないか、少しは休め」
「は、はい」
そう言われて、安心してよろけそうになった。正直、自分も緊張した状態が続いて、精根尽き果てているような状態だ。それは自分の上司の中隊長の同様のことだったと思うが、そういった疲れを彼は見せず部下である自分を気遣ってくれる。頼りがいのある人である、

ここ最近、ずっと隣国である敵国の動きが活発で、国境に位置するこの監視所ではその対応にずっと追われている。国軍本部からの入電もひっきりなしだ。夜間に今まで通信したこともない本部の人間から急に報告を求められて対応したことがあったのだが、中佐だったかその相手の階級の高さに面食らったこともある。これまで国軍兵士として監視任務の任を受けて10年経ったが、ここまで先方の動きが活発なことはなかった。そのため、こんな辺境の監視所がこれまでにないような注目を国中から浴びているのだ。

こういった国難と言われる場面で国のために己が力を発揮することは一兵士として非常に名誉なことだが、正直戸惑いも大きい。ふと、故郷に残した婚約者の顔が浮かんだ。疲弊した心と体に、どうしても彼女の声が聞きたかった。だが、作戦任務中、外部の人間と通信することは許されていない。仕方ないので、休憩所のベッドに横たわりながら、彼女の写真だけを見つめるだけにとどまる。

国境での監視など、最前線には変わりははないのだが、敵国の動きが何もない時であれば割合とのんびりとした任務であった。人里離れた高台に位置するこの監視所には、70〜80人程度の人員しかいない。それぞれ皆が見知った顔ばかりで、家族も同然である。長い者で25年程度もここで勤務している者もおり、そうなるとここでの暮らしに慣れきってしまうものだ。皆で監視所内の草刈りをしたり、スポーツ大会などで汗を流したりして、退屈で変化のない監視任務の憂さを晴らすのが常道だった。

しかし、今は情勢が違っている。2ヶ月前に、隣国の大統領が武力による国力の発揚を掲げて大演説を行い、そこから急激に我が国との関係と情勢が悪化している。いつなんらかの動きがあってもおかしくはない。そうなったときに、この監視所が真っ先に敵の攻撃を受ける。それはこの監視所の皆が思っていることだった。

もちろん我々は兵士として戦わなければならないが、敵国が一気に詰め寄れば間違いなく多勢に無勢。最新の兵器も十分に備えているものと聞く。100人もいないこの監視所を攻め落とすなど造作もないことだろう。

先程、自分がモニターで捉えた敵の移動兵器が刻一刻とこの監視所に近づいてきていると思うと、とても冷静な気分でなどいられない。不安で胸がバクバクする。兵士として命などは惜しくないなどと思っていたが、こうやって戦争が起こるのを目の前にして、急激に怖くなってきた。

これなら、貧しくとも生まれた村で牛と羊飼いとしての暮らしを全うすればどんなに幸せだったか。そして村に残した婚約者であるローラと共に家族を作り、山の上の小高い場所に小さい家を立てる。今はそれだけを夢見ることが目の前に迫った敵という現実から逃れる手段だった。ああ、帰りたい、あの平和で美しい自分が生まれ育った故郷の村に。

敵などとは戦いたくない。なぜ、自分はこんな場所にいるのか、母や父は自分にこのような辺鄙な監視所で敵と戦い死なせるために自分をこれまで育ててこなかったであろう。私をこの監視所に送り出す母の顔を思い出す。そして私は休憩所の2段ベッドの下で意識が段々と朦朧としてきた。

急に監視所内で、けたたましいサイレンの音が鳴り出した。眠ろうとしていた自分の意識もそれに起こされた。ドタドタドタ、休憩所のドアの向こうで所内の人員がせわしなく動き出す足音が聞こえる。
「敵襲!敵襲!」
「総員、第1種戦闘配置を取れ!」
第1種戦闘配置だなんて!小銃を含む個人用の装具を装着して、自分たちの配置に付くということだ。これまで訓練でしかやったことはなく、まさか本当にそんな態勢を取らねばならないほど状況が逼迫されているなんて。とりあえず取る物も取らず、休憩所のベッドを跳ね起きた。周囲動きに合わせて、とりあえず自分の装具がしまってあるロッカーに急ぎ、その後小銃のしまっている武器庫に急いだ。

おのおのの配置に着いたが、皆、緊張と疲労の隠せない顔をしている。皆の会話は少ない。隣で同僚のリュークが不安そうに小銃の手入れをしている。何ヶ月前までポーカーをして軽口を叩き合う仲であったのに。今はとてもあの頃のような話をする気にもならない。

おそらく話してしまうと、自分の不安が堰を切ったように溢れ出てしまうからであろう。誰も話そうとはしないが、皆思うことは一つだ。今、敵はどこまで迫ってきているのだろう、もしかしたら、明日にでも、いやもうすぐにでもこの監視所が攻められるのではないか。こんな辺鄙な場所の監視所では、本国からの増援もそうすぐに得られない。もし敵に攻められここを明け渡すにしても、我々には退避する先もないのだ。そうなれば、自分は。故郷に残してきたローラは。

そうだ、自分はここで死ぬかもしれない。改めて、思った。28年間生きてきて、こんな思いをしたのははじめてだ。あの美しい村ではなく、こんな誰も知らない場所で死んでいくんだ。どうしても、最後にやはり彼女の声が聞きたかった。一言だけでも。
「あなたは私のヒーローよ」
彼女が自分に言ってくれた言葉を思い出す。違う、ヒーローなんかじゃないよ。君を愛する一人の人間だ。彼女の写真の入った首元のロケットを思わず握りしめた。


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