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*4 パンと手道具とアタッチメント

 先週の新聞記事の中に私が自宅でパンを作っているという事に触れた箇所があったが、そこで「自宅をパン作りの研究所ラボに変え」という表現が為されており感心した。取材時には、仕事を終えると自宅でもパンを作っていますという話をしたまでであったが、それに研究所という言葉を当てるあたり物書きのプロなのだろう。斯く言う私もこうして徒然に文章で表現を図る身である。取材時、前述の話をした際に「Ich bin nicht nur Bäcker sondern auch Hobbybäcker(私はベイカーパン職人であり、かつホビーベイカーです)」と、小見出しに持って来いの一文を鉤括弧かぎかっこまで付けて御道化おどけた様に答えたのであるが、結局満を持した私のその下心に塗れた表現が紙面に綴られる事は無かった。まだまだ勉強が必要である。余談はさて置きそんな自前の研究所であるが、もともと引越しをする段階で自宅工房にしてしまおうという考えが私の中にはあったので、研究所と言われても強ち劣らない設備である事には違わなかった。


 遡る事八月末、今借りている部屋の内見に訪れた時点で既にパンを作るには申し分のないキッチンであると判断した私はそこで自宅工房という創作四字熟語を閃き、当時住んでいたシュトラウビングという町でパン作りに必要であろう道具を買い集めていた。その頃の下宿は家具も調理器具も備え付けて学生向けに期限付きで貸している部屋だったので、パンやケーキを作るにも道具に然程困らなかったのであるが、空っぽの部屋に移り住むにあたってはボウルや計量カップから買い揃える必要があった。実際パンを焼くだけならオーブンとボウルと秤さえあれば事が足りるのであるが、いざ店舗で製パン用品の棚を眺めているとついつい欲が出てあれもこれもと手に取ってしまう。しかし道具が増える分アイデアもまた比例して増える。可能性が広がる。


 男性は女性に比べて収集欲というものが強いそうで、かつて子供の頃にプロ野球や大相撲のカードを集めてはケースにしまっていたのを思い出した。カードゲームの様に動きのあるカードには結局目もくれず、選手や力士の写真と簡易なプロフィールが書かれているだけの厚紙に夢中になった幼少期であった。

 単に収集という単語に関連する記憶ではそれが最古であるが、今製パンの道具を掻き集めているのとはまた少し違う。決定的に異なるのは目的の有無であるが、それで言うと宮大工をしていた四年間でも道具が増えていく毎に喜びを感じていた。

 入社した当初、必要最低限の大工道具は建設会社から支給されたのだが、日を追う毎に実用性の低い物ばかりだと言う事を知ると、道具屋に足繁く通う事になった。かんなのみといった刃物は年季の入った道具屋で買う事が多く、いつしか店主の親父とも仲良くなった。三年目には県代表の大工技能士として技能五輪に出場した思い出にと中々値の張る鉋を一丁買った事があったが、それは退職のタイミングで最も慕ってくれていた後輩に譲った。それから電気道具や付属品等はホームセンターの様に大規模な道具屋で集めていた。時として何も買わずとも只商品棚を眺めているのが愉しかったりもした。

 職場に設けられた自分の道具棚はいつしか一杯になった。雀の涙の手取りでも道具代は自費であった為に出費は嵩み、一時通帳の残高が一桁万円になった事もあったがそれでも自分専用の道具が増える事が喜びであった。この喜びを文字で表現するのは何とも難しい。達成感にも近く、またそれらの道具を武器に見立てるならば自分が強くなる様な気もしていた。或いは休日に、手入れを口実に持っている道具を床一面に広げてはそれを眺めているのも好きであった。


 話を今に戻し、改めて自分の研究所を眺めてみる。まず目に入るは真っ赤な製パン用の捏ね機である。これも九月、引越しに向けオンラインショップで家具を漁っていた時に偶々たまたま特売になっているのを見掛けて悩んだ末に購入した物である。手捏ねで十分かとも考えたが、どうせその内欲しくなるのであれば今買っても後で買っても一緒だと踏ん切りをつけた。そしてその隣には発酵かごが二つ、私の横着で生皮な生態を示すが如く乱雑に片付けられずに重なっている。その下の棚を開くとボウルやら軽量カップと並んで幾種類かの型がある。タルト、スポンジ、クグロフの焼ける準備である。そしてまた右手の引き出しを引くと、ゴムベラやスケッパー、温度計やその他諸々の小物がトランク型のケースに仕舞われている。こうして書いているだけでも例によって心の高鳴りを感じる。いっその事今キーボードを打つ手を止め、床一面に道具を並べて眺めながら酒でも嗜みたいくらいである。元来の性質に、つい先日まで貧乏学生だったというのも相俟あいまって道具の品質やブランドには別段拘りは無く、只それでも武器が増える事に胸は満ちていくのである。

 極めつけは壁に掛けられたコックコートである。六月の試験で必要だと聞いて買ったものの実際はそんな決まりは無く、また仕事では着る機会が無いコックコートは結局自宅工房のユニフォームになった。誰に見せるでも無いのに態々わざわざ羽織る事も無いだろうと思われそうであるが気を引き締める為である。

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 また同新聞記事には「研究所ではサワー種※1を研究している」という風にも書かれていた。前出の例同様少々誇張気味の表現ではあるが、それを読んだからかシェフ※2おもむろに、ベッカライ・クラインで使用しているサワー種について説明をしてくれたのが今週であった。従業員の守秘義務を犯すも同然なので皆迄詳細にここで解説するつもりはないが、話によるとザルツザウワー  ※3  というサワー種を使っているようであった。それから配合や継ぎ方を説明してくれた彼の言葉の裏側に、家でサワー種を構っているのなら是非試してみると良かろうというメッセージを勝手に読み取った私は、早速家でザルツザウワーを起こす事にした。


 マイスター学校の授業では習っていたこのザルツザウワーであるが実際に目にするのは初めてであった。まあドイツ中のパン屋を渡り歩いて経験を積んで来たわけでは無い私がまるでようやく巡り会えたとでも言うようにザルツザウワーを初めて見たと言うのも背伸びな言い回しではあるが、しかしその御遍路を果たさずしてこうして出会えたというのもまた運に恵まれている。

 シェフから聞いた説明を右手に、そして左手で教科書のページを捲る。そして早速ボウルにスターター ※4 とライ麦粉と温水、そして要である塩を入れ捏ね機で掻き混ぜる。それを一晩室温で寝かせた後、その他の材料と混ぜて生地にした。発酵させ、焼く。冷ましてから一口齧る。シェフ曰く、マイルドな味わいになるという話であったので、先日に焼いて冷凍してあったサワー種のパンと食べ比べてみる。僅かにマイルドな気はするが、なんとも断言し辛く先入観の仕業とも思えてしまう程微々たる差異であった。

 家でパンを研究する際の欠点がこれである。どうしても生地量が小さくなる為に材料の働きも小さくなってしまうのでパン屋でるのと比べて特徴が際立ち難い。しかし何とかして違いを発見したくなった私は、次こそは同じレシピからサワー種のみを入れ替えて、限られた条件の中で殆ど同じ環境下になる様パンを焼こうと心に決めた時、愈々いよいよこの自宅工房が研究所の名に恥じない姿に変わったのを見た。



(※1)サワー種 [der Sauerteig]1:主にライ麦粉と水を混ぜ事前に発酵させた生地。パンの発酵を助け風味を与える。
(※2)シェフ[der Chef]:チーフの事。
(※3)ザルツザウワー[der Salzsauer]:サワー種の一種。塩を加えて作られるサワー種。
(※4)スターター[der Anstellgut]:サワー種を起こす時の元となるもの。

※この作品では一部実在しない表現/漢字を使用しています。※

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