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ゲンバノミライ(仮)第34話 地盤改良の康平君

支えたいのはあなたの未来
強固な地面をつくっています!
CJV 地盤改良&杭打ちチーム一同

復興街づくりの中央エリアのゲート近くにポスターが張り出された。
地盤改良の専門工事会社の一員として、復興の工事に従事する三橋康平が作成した。
大きな文字のバックは、機械撹拌(かくはん)工法に用いる大型の重機が林立する写真だ。

「良い出来じゃない! 彼女に伝わるといいね」
後ろから、声を掛けられた。この街の復興プロジェクトを一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)に、ゼネコンから出向している現場監督の中西好子だ。

「自信ないですよ」
「弱気でどうするのよ。しっかりしなさい。さやかさんにOKもらってるんだから。行くわよ」

三橋は、ドキドキしながら中西とともに車に乗り込んだ。

きっかけは通っているコンビニエンスストアでのやり取りだ。あの災害で以前の店は全壊となったが、先行的に整備を進めたA工区の一画に再出店した。暫定開通中の国道に面していて、この街の人や通行車両からの客が行き交う。元気の良い店長の木村早矢香がアルバイトらと切り盛りしている。

その中の一人、南郷真由が三橋のお気に入りだった。一方的に好意を抱いているだけで、きちんと話したことはない。
「いらっしゃいませ」「これをお願いします」「ありがとうございます」
それだけの関係だ。つまり、ほぼ無関係だ。おそらく認識されていないだろう。
現場で働く職人の中には、話しかけてなじみになっている人間もいる。本当にうらやましい。あんな風に振る舞えたら、今までに、彼女の一人や二人はできていただろうに。引っ込み思案な性格が恨めしい。

実は絶好のチャンスがあった。1カ月ほど前のことだった。
コンビニの外でスマートフォンをいじっていたら南郷が店の外に出てきて、近くにいた女性に話しかけた。

「元気だった?」
「久しぶり! 元気もりもりよ」
「真由は相変わらず、古くさい言葉、使っているよね」
「いいじゃないのよ」
「あはは」

三橋は、スマホの画面を見つつ、全神経を二人の方に集中させていた。気になって仕方がない。

「すっかり都会の人ね。学校はどう?」
「すごく楽しいよ。ただ、こっちと全然違って、向こうは今まで通り。ふと実家のこととかを思うと、少し憂鬱になるんだよね。忘れられ始めてるって。私も人のこと言えないけど」
「そんなことないよ。こっちもだいぶん変わってきたでしょ。観光の人たちも少しずつ来ているよ」
「すごいよね。風景がどんどん変化してて驚いちゃった」
「でしょ! って、私は何もやってないけどね。うちのお客さん、工事関係っぽい人が多いから、心の中で『ありがとうございます』って思っているよ」
「ねえねえ、格好いい人とかいる?」
「えー。どうだろう。そんなにじろじろ見たりできないよ。恥ずかしいし」

三橋は、ちょっと感動していた。そんな風に思っているとは。
なんて良い子なんだ。ますます心が惹かれていく。

「お母さんの車で通ってきたんだけど、大きな機械がたくさん並んでいるよね。あれなんなんだろうね」
「なんだろう。土砂を運んでるのは分かるんだけど、あとは良く分からないんだよね。クレーンなのかな」

違います! 
大口径で作業できる地盤改良機で、現地盤とセメントなどを混ぜた改良材を攪拌して混合させて地盤を固めるんです!

三橋は、話に割って入って説明したかった。タイミングを見計らっていたが、二人は会話のテンポが速く、なかなかチャンスが訪れなかった。
そもそも、そんな勇気など無かった。

「そろそろ戻らなきゃ。来てくれてありがとうね!」
「またみんなで会おうよ。連絡する。ばいばい!」

南郷が店に入った後も、しばらくの間、固まったままだった。

「本当、情けないわね!」
中西に話すと、痛烈にダメ出しをされた。
「そんなに自信が無いなら、施工の方も大丈夫かって思っちゃうわよ。だいたいね、あの時…」
「中西さん、そんなことはありません! 大丈夫です。うちのマシンはピカイチですし、削孔段階で想定通りかどうかもしっかり確認しています」
「ほら、仕事だったら、そうやって話に割り込んでこれるじゃないの。その調子よ。お姉さんに任せなさい」

中西は満面の笑みだ。これは親切心ではない。人の恋バナを楽しんでいるだけだ。ちょっと腹が立つ。

中西が提案してきたのは、三橋たちの仕事を紹介するチラシの作成だった。
大規模な地盤改良は、空港や港湾などのインフラや大型開発プロジェクトでは一般的に行われている。だが人目に付かない場面が大半だ。完成すれば多くの人が訪れるが、その時には地盤改良の痕跡など見えない。
今回の復興街づくりでは、多くの目にとまる。だが、しっかりPRしなければ、「何か大きな重機がうろちょろしていたね」で終わってしまう。それはもったいない。

三橋が今回手掛けているのは機械撹拌工法という技術だ。地中を掘り進めるドリルがついた大型重機で、ピンポイントに削孔し、地盤とセメントミルクを混ぜて固化することで地盤を強化する。かつては人力の作業が多く混ざっていたが、今は現場に乗り込んだ際に大型重機を組み立てて、セメントミルクを製造するプラントなどを設置すれば、その後はほぼ全自動となる。
位置情報を確認しながら、自動的に施工箇所に移動し作業を開始する。削孔スピードや注入したセメントミルクの量、かかっている圧力などのデータは、3D図面上にリアルタイムにインプットされる。作業の進捗を管理するとともに、後々の検証なども可能にしている。
近くに人がいると危ないため、一定の距離をとって立ち入り禁止措置を行うロボットもパッケージ化されている。センサーとカメラで重機周辺を常時監視しており、削孔箇所に何かが近づいた場合には緊急停止する。

だが、人が全くいらないかというと、そうではない。
地盤は、掘ってみないと分からないことが多い。削孔に合わせて地中から上がってくる泥水の状況なども見ながら、計画通りの注入量で問題ないかなどを判断するのだ。一次チェックは人工知能(AI)に任せているが、そのままとはいかないことが多く、技術者の目が欠かせない。AIの質は徐々にレベルアップしているものの、無人化はまだまだ先とみられている。

建設現場で繰り広げられている作業は、一つ一つがマニアックで分かりづらい。専門的なことを詳しく書いたチラシを用意しても、南郷は見向きもしないだろう。

仕事を終えて宿舎に戻ると、部屋にこもってチラシの案を考える。そんな日々が続いた。作業はもうすぐピークを迎える。それまでに掲示したい。

最初に作った案には、地盤改良のメカニズムや自動化技術などを詳しく盛り込んだ。中西に見せると「女の子は忙しいのよ。こんなの読みません!」と一蹴された。

何を説明すればいいのか。元請けのゼネコン社員にはいくらでも説明できるのに…。

自分の一番の望みは何だろう。
三橋は、シンプルに考えてみた。

存在を知ってほしい、ということに尽きる。
自分たちの愛機が強固な地盤を作っている。それだけ分かってくれれば良いのではないか。

もしも災害も何も絶対に起きない場所であれば、地盤改良など不要かもしれない。だが、災害が起きる可能性をゼロにはできない。不幸にも災害が起きてしまう未来が訪れたとしても、そこに暮らす人たちを守る。そういうことではないのだろうか。

三橋は、中西に頼んで、早朝に現場に立ち入らせてもらった。
海側から昇る朝日をバックに、頑張って作業してくれている地盤改良機たちを撮影した。自分たちは黒子でいい。

その写真に、シンプルなメッセージを大きく載せた。
「支えたいのはあなたの未来
 強固な地面をつくっています!
 CJV 地盤改良&杭打ちチーム一同」

中西が、目を輝かせた。
「やるじゃない! すごくいい!」
中西は、CJV所長の西野忠夫の決裁をすぐにとってくれ、PR資料としての利用することが認められた。まずは工事概要や週間作業予定を掲示している入り口近くの仮囲いに張り出した。

同じように工事案内を出している場所に、順次掲示していく。その一つが、南郷が働くコンビニの脇にある掲示ブースなのだ。


中西は裏工作を済ませていた。
「ちゃんと、南郷さんがシフトに入っている日を選んだのよ。張り出す時に付いていってもらうように、南郷さんに頼んでくれるって。頑張りなさいよ」

中西は、これまでにないほどの満面の笑みで、ずっとニヤニヤしている。やっぱり親切心ではない。人の恋愛感情をもてあそんでいるだけだ。

「三橋君。笑顔が大事だからね。しっかり練習しておきなさいよ」
そういうと、鏡を差し出してきた。ちょっとむかつくけれど、すごく気が利く。

コンビニが見えてきた。
もうすぐ着く。
ああ、ドキドキしてきた。

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