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ゲンバノミライ(仮) 第12話 地質調査の東尾主任

映画のセットで出てきそうな大型トレーラーが現場に入ってくると、見学会に参加している子どもたちから歓声が沸き上がった。これからトレーラーの荷台部分が大きく開き、宇宙ロケットのような照射器が姿を現す。発射台のようにゆっくりと立ち上がっていき地面近くまでゆっくりと下ろされる。

ジオテレパシーと呼んでいる照射型地質調査機は、X線を用いたCTスキャンとレーザー測量をベースに開発された。地面に向けてレーザー光線を照射して、透過スピードや反響状況、屈折反応などのデータを基に、土を取り出すことなく、粒度や含水量、地盤の固さ、専門用語で言うところの「N値」などを把握できる。

目に悪影響を与える恐れがあるため、照射時にはカバーで覆われるが、蓄積していく地盤データは、リアルタイムに3D図面上でインプットされていく。今回の見学会では、隣に用意した大型テントでプロジェクターに投影して説明する予定だ。
映画のワンシーンのような情景に、子どもたちがらんらんと目を輝かせるだろう。

それなのに、俺は相変わらず土いじりか…。
地質調査会社の主任技士として働く東尾武志は、今日のような悔しい思いを何度したことか。

東尾が勤務する地質調査会社は、ジオテレパシーを開発した海外のスタートアップ企業と国内利用の独占契約を結び、この革新的な新技術を武器に、地質調査業界に旋風を巻き起こしていた。

地質調査は地盤を円柱の形にくり抜いて、地中から実際の土を取り出して性状を調べる「ボーリング調査」が主流だ。詳しい性状を把握したり、水分が加わった後の変化など実験したりすることが可能であることはメリットだが、作業に時間がかかり、手間とコストがかかっていた。ピンポイントの土を調べるため、地盤の均質性が低い場合は、全体を代表しないという懸念もずっとつきまとっていた。
現場では調査ポイントを検討した上で、ボーリング調査を実施し、施工範囲の地盤のおおむねの全体像を想定して、構造や施工方法などを固めている。地盤の調査方法がいくら正しくても、局所的に地盤が強かったり逆に弱かったりしたポイントでデータを取得していると、設計や施工の前提条件に大きな乖離(かいり)が生じることになる。

ジオテレパシーは、機械コストが非常に高く調査費用は安くないが、ボーリング調査よりも早く結果が得られ、調査ポイントを格段に増やすことが可能だ。調査期間も短縮できるため張り付く人員が少なくて済み、トータルコストではメリットがある。非破壊検査のため、地盤を痛めつけるような心配もない。
開発企業は改良を続けており、次世代機では1カ所あたりの照射時間が半分以下に短くなる見通しと聞いている。そのうち、車で上を通れば地盤データがどんどん集積されていくようになるのだろう。

これまでは民間工事が主体だったが、復興エリアが技術開発特区に位置付けられ、スピードアップにつながる最先端技術が積極的に取り入れられるようになったため、今回の現場でも導入が決まった。既に全体の半分が作業済みで、残りの作業の一部を住民や現地の小学生らに見せようと、今日の見学会が企画されていた。テントに目をやると、同期入社の北本翔太が、スーツ姿でパソコンや計器をセッティングしていた。長身ですらっとしたスマートな姿は、この分野の最先端を行く技術とマッチしている。

これから泥にまみれる作業着姿の自分とは大違いだ。

東尾は、研修時以外はジオテレパシーを扱うことはない。照射計測を実施済みのポイントの一部で従来型のボーリング調査を行うのが役目だ。主役は照射計測で、その結果に大きな齟齬がないかを確認するという黒子の位置付けとなる。今日の見学会でも出番はない。

最先端の地質調査ができるという謳い文句に惹かれて就職したのだが、重たい資材を運んで土にまみれて昔ながらの地質調査を続ける日々が続いている。

その原因は学生時代にある。恩師である古溝伸介が、昔ながらの土質試験に拘っている人だったのだ。や人工知能(AI)の導入が叫ばれていた中で、データ偏重主義に危機感を持っていて、目で見て手で触って匂いで感じ取るような五感による部分を学生に教え込もうとしていた。
その道では権威だったが、時代遅れの感は否めず、古溝研究室の希望者は年々減っていた。成績が低位安定していた東尾は、研究室選びの際に競争率が高いところは望めず、古溝の退官前の最後の弟子となった。

地盤屋の生き字引のような技術者を何人も紹介され、現地調査について行くことも多かった。その一人が、今日も一緒に作業をする辻幹生だ。
「単にボーリングマシンで掘ればいい訳じゃない。エンジン音や油圧計などにも気を配れ。掘り進める作業の質が、採取するコアの質につながるだろ。それが俺たちの仕事の質を決めるんだ」
昨日も、口酸っぱく言われた。
ボーリングマシンなどのメンテナンスにも手厳しい。潤滑油がちょっと足りないだけでも大目玉を食らう。

いつまでこんなのが続くんだろう。
実はちょっとめげそうなのだ。前世紀の時代遅れの地質調査とともに、自分も埋没してしまうような、そんな不安に駆られていた。

「おい、そろそろ行くぞ!」
不満そうな東尾の気持ちなど意に介することなく、古溝は自分をこき使う。

「はい。分かりました。出発しますね」
東尾は、ジオテレパシーから目を外して、車のエンジンを掛けた。
今日の測定場所は、南端部のところから始まる。

「向こうの方がうらやましいか?」
答えに詰まった。そんなのうらやましいに決まっている。

「もうちょっと頑張れ。お前の筋は悪くない。うちの会社はお前のような技術者の存在意義をちゃんと分かっている。

ジオテレパシーを本当の意味で使いこなすには、土のことをちゃんと知ってる人間が必要なんだ。土を分かってる人間がいなくなれば、ジオテレパシーが吸い上げたデータをただ渡すだけのオペに成り下がってしまう。もちろん、そういう人間も必要だから、若手を一生懸命育てているけどな。

だけど、操作のところは、そのうち全部機械がやってくれるようになる。だがな、機械だけじゃ把握できないところは絶対に残る。そこで役に立つのは地質技術者だ。機械に操作される人間じゃない」

地質技術者か。

古溝が言うことも分からなくはないが、泥まみれも嫌なのだ。

ぼんやりと考えているうちに、調査ポイントが近づいてきた。
ちょうどその時、古溝の連絡調整アプリに着信が入った。

ゼネコンの監督からのようだった。

「はい。えっ、そうなんですか? もちろん良いですよ!
何人でもいいです。なんなら全員連れてきても構いません。

はい、1時間後くらいですね。分かりました」

「見学会の子供達から、俺たちの調査も見てみたいっていう要望が出たらしい。
予定を変更して、こっちにも回ってくる。地質調査屋の腕を見せてやるぞ!」

古溝のテンションが上がっている。
そういえば、自分が始めて現場を見せてもらった時も、とても張り切っていた。社員になった途端に、厳しい鬼軍曹に豹変して今に至っている。

子供達が見に来るのか。
東尾は、さっきまでのもやもやした気持ちが晴れ渡るような気がした。

どうやったら、興味を持ってくれるだろうか。

地質技術者だろうと地質調査屋だろうと、何だって良い。
子供達に俺たちの腕を見せてやるのだ。

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