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ゲンバノミライ(仮)第32話 応援職員の山木主査

こんな広大な規模の工事は今まで見たことがなかった。あの災害から復興するためには、ここまでやらないといけないのか。
ニュースで見るのと現地に立つのとでは、まったく印象が異なる。自分が本当に役に立つのだろうか。

山木登は、小さな自治体で土木系職員として働いていた。数年だけ違う部署にいたことがあるが、それを除けば工事の発注や監督などを担当してきた。工事といっても、数百メートルの道路工事や、道路の維持補修、排水路の改良などばかりで、規模が小さい上に定型的なもので、ちょっと分からない点があっても、経験したことがある先輩らに聞けば解決するようなものだ。相手の建設会社も、顔見知りがほとんどで、トラブルが起きるようなことはほとんどない。良くも悪くもなあなあな環境で、そのことによる不都合も特になかった。既定路線維持と前例踏襲。それが求められていることであり、何の疑問もなかった。

あの災害が起きて、被災地の自治体では人手が足りなくなっており、各地に応援を求めていた。復興期に入った今は、どこの被災地も技術系職員が引っ張りだこだ。こう言っては何だが、レベルを問わずに、人が求められている状況があった。

もちろん、しっかりとした知識と経験を持つ人間が欲しいのは当たり前だ。だが、公務員改革という名の下で人員削減が加速している中で、応援する側も人材が不足しているため、主力メンバーがいなくなるのは厳しい。応援職員を受け入れる側の被災地も、そうした状況を十分に分かっており、贅沢など言っていられないのだ。
だから、「自分のような人間では役に立たないから行きません」などという言い訳は通用しなかった。

山木が配属されたのは、復興街づくりの事業をチェックする監視委員会という組織だ。この街の復興は、事業スキームが特殊で、構想立案から調査・設計、施工、その後の運営までを一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)が事業主体となっている。CJVは、自治体、デベロッパー、ゼネコン、建設コンサルタント、建築設計会社などの集合体で、発注者と施工者が一緒になっているようなものだ。

これに対して、事業計画や予算、品質などを第三者的な立場から点検するのが監視委員会となる。監視委員会には、自治体の財務部局や関係部局のほか街づくりや道路などに長けた公的機関、建設コンサルタント・設計会社、監査法人らから出向してきている。山木は監督グループの一員として、施工状況をチェックする役目だ。

現場での施工状況を見つつ、盛り土の出来形や、道路や排水溝、擁壁、上下水道などの仕上がりを確認して、設計図書通りに施工されているかどうかを確認する。必要なタイミングで工事完成検査をする。一連の行為自体は、これまで経験してきたことと同じ。だが、やり方は全く違っていた。

山木の自治体では、今でも紙ベースの図面と照合しながら確認している。だが、CJVは、施工前にデジタル上に3Dの完成形モデルを構築し、施工状況などをシミュレーションして仮設や施工の計画を立案し、そのモデルに実際の施工を合わせていく。デジタルツインと呼ばれるものだ。

CIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)とBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)で3D図面がさまざまなデータと連携されており、重機はこうしたデータに沿って大部分が自動的に動かされる。排水溝などを設置する際も、現地の実際の状況と設計上の位置などをスマートグラスによりMR(複合現実)で確認しながら、据え付けていく。
施工状況は、リアルタイムで設計情報と適合性を確認することが可能で、位置がずれていればアラートが出る。
スマートグラスのカメラ映像も記録されているため、問題が生じた際には実際の施工状況を後から確認できる。

監督グループの事務所からは、こうした情報が適宜、確認できるため、アラートが通知された場合には、CJVの元請け職員に連絡を取って対応を指示する流れとなる。だが、実際にはCJV職員がこうしたアラートへの対応をどんどん進めていくため、山木がとやかく言う出番などない。

現場の立ち会いも、品質上で特に重要なポイントを除けば、スマートグラスからの映像を通じた遠隔臨場がほとんどだ。現地での立ち会いが重なる場合を除けば、離れた現場を順次、確認していける。監督側の手間が減るだけではなく、施工側にとっても待ち時間のロスが少なくなるため、工期短縮の意味でも大きな効果を発揮していた。

「私がやることって、ほとんど無いんですよね」
山木は、CJVの能登隆と一緒に現場を見ながら、そう漏らした。
「本当に皆さんの技術はすごいですよ。私なんて、いわゆる土建屋のおじさんたちと、図面を見ながら、『これはどういうこと?』『こうじゃないのか』みたいな話をしながら工事をやっていました。歩行者用の通路がしっかりできてなかったら、一緒にカラーコーンを並べて、通行人に『すいません』とか謝ることもあります。
現場って、そういうものだと思っていました」
「私たちだって、こういう風に変わったのはほんの最近です。この現場はかなり先に進んでいますが、全部じゃありません。まだまだです」

能登は、現場で「リベロ」という担当で、本社の偉い人の代わりに現場を動き回って、問題点などを見せながら、先手を打って現場を運営しているだという。少ない人数でも滞りなく現場を進めていくためのトライアルなのだそうだ。
こうした現場運営が一般化されれば、建設現場では、もっと合理的に素早く工事が進められるようになる。
そうした意味では、山木にとっては大きな学びの場だった。
不思議な気分だった。応援に来ているのに、勉強させてもらっているのだから。

CJVのメンバーも、監視委員会に来ている人たちは優秀な面々が多く、最新技術をしっかり使いこなしていた。そもそも出ている大学が全然違う。
自分と言えば、元の自治体に戻れば、巻き尺で施工長さを確認するような世界となる。優秀な技術者たちと効率的で素晴らしい技術を目の当たりにして、どんどん縮こまっていくような気がしていた。

だから、トラブルが起きた時には正直、驚いた。

たまたま現場を何気なく見渡していた時に、なんとも言えない違和感を覚えた。
あれ、何だろう。なんか変だな。そんな気がしたのだ。

問題があったのは、点在する集落に据え付けられた道路の側溝だった。
当たり前のことだが、水は上から下に流れていく。雨が降った後に自然に流下するよう傾斜が設けられている。その部分は、数メートルの区間だったが、傾斜が逆になっていたのだ。本来は緩やかに下がっていくべき区間が、逆に上がっていた。

「能登さん。これ、違っていませんか?」
能登は、すぐにスマートグラスでチェックし、「大丈夫じゃないですかね」と返事が来た。
山木もスマートグラスで見てみた。確かに3D図面とは合致している。だが、逆な気がする。

山木は、車からペットボトルを持ってきて、側溝の場所にいくと、水を流してみた。
やはりそうだ。

「能登さん。あっちから水が流れてきたら、ここはこっちが下にならないと水が貯まってしまいませんか?」
「そうですね。これはおかしいです。
申し訳ございません。すぐに確認します。いったん、ここの作業は止めます。確認してから、早急にご連絡いたします」

山木は、車に戻ると、別の現場の遠隔臨場に入った。
そうこうしていると1~2時間などあっという間に過ぎてしまう。車から出ると夕暮れが近づいていた。

向こうから能登が急ぎ足で寄ってきた。
「山木さん、ご指摘の点、おっしゃる通りでした。この集落の計画は、用地取得の関係で修正が入っていて、その時の修正設計に不備がありました。設計がある程度まとまった段階で、AI(人工知能)による矛盾チェックを流すのですが、そのチェックを怠っていまして、あの部分だけおかしいまま施工していました。
明日に、上司の高崎らと事務所にお伺いして、改めてご説明いたします」

「そうでしたか。今の段階でしたら、手戻りはあまり大きくないので、仕上がりさえ良ければ問題ないと思います。
それよりも、ほかにも同じような不具合があると困るのですが、大丈夫でしょうか」

「その点も、明日にご報告いたします。CJVの設計チームで、改めて、施工完了箇所と施工中箇所にAIチェックをかけます。リモートでの応援を頼みましたから、明日の朝までに確認作業は終わる予定です」
「さすがですね。それでしたら、大丈夫でしょう。大変でしょうが、よろしくお願いします」

人がやることには、必ずミスが伴う。
地元の建設会社のおじさんたちは、いい加減なところがあって、困ることが多い。だが、あのような勾配のミスはしないような気がする。設計図でそう書いてあっても、「これはおかしいだろ」と文句を言ってくるはずだ。

AIで自動化していることも、原点は人間による作業から始まっている。ミスがあるという意味では、同じなのかもしれない。

最新技術がてんこ盛りの現場でさえ、まだまだ発展途上にある。
自分は何を学んでいくべきなのか。それもじっくり考えていこう。

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