金沢俊吾

東京都中央区在住の34歳です。 「ニコニコニュースORIGINAL」というWEBメディアで編集者をしています。 「ほぼ日」などでライターとしても活動中。 オードリーのオールナイトニッポンが生きがいです。

金沢俊吾

東京都中央区在住の34歳です。 「ニコニコニュースORIGINAL」というWEBメディアで編集者をしています。 「ほぼ日」などでライターとしても活動中。 オードリーのオールナイトニッポンが生きがいです。

    最近の記事

    2ヶ月育休を取って。

    今年6月に第1子が生まれ、 7月中旬〜先週末まで約2ヶ月の育休を取りました。 自分にとっての記録と、 あとは男性の育休中過ごし方の参考に少しでもなればいいなと思い、 あれこれ書いてみようと思います。 まず、快く送り出してくれた職場の上司と同僚にとても感謝です。 僕もこれまでは 「育休は権利なんだから堂々と取るべき」なんて思っていたんですが、 いざ自分がその立場になると、不在分のしわ寄せは誰かが負わなければいけないことを痛感して、実際迷惑もかけたと思います。 それでも2ヶ月の

      • これまで手掛けた記事 金沢俊吾

        東京で編集者・ライターをしている金沢俊吾です。 これまでの実績をまとめました。(随時更新します) ご連絡はTwitterのDMか、 shungokanazawa@gmail.com までお願いいたします。 略歴・大学生時代にrockin'onのライターとしてディスクレビューや「ROCK IN JAPAN FES」パンフレットなどを執筆。 ・新卒で入った広告会社で営業として働きながら、副業でライター。 ・現在はニコニコニュースオリジナル編集者兼、ダ・ヴィンチWeb編集者。

        • 明日、僕のエヴァが新宿で終わる

          祖父から「村上春樹とエヴァだけはnoteで語っちゃいけない」 と教えられたんだけど、明日シンエヴァが公開される ここしかないってタイミングなので 思い出話と備忘録として、ちょっとだけ書こうと思います。 先日、金曜ロードショーでエヴァQが放送されている夜、 母からLINEが届いた。 「エヴァ懐かしいね。小学校のとき一緒に新宿に観に行ったよね。周りは大人ばっかりで、子どもに見せていいのか当時悩んだんだよね」 『Air/まごころを、君に』公開当時、 新宿ピカデリー(改装される前

          • 誰もいない選手村は圧倒される(なぜ僕は東京オリンピックには何か言わずにいられないのか)

            SNSをはじめて十数年。 僕はなんとなく「たのしげ」なことを発信することを意識してやってきた。愚痴は書かない、なにかの批判をしない、強い意見を出さない、 リプライでバトらない。(バトるのは絶対やだけど) 時事ネタや生活のあれこれに対して、何か言いたくなることはたくさんある。 それでも割と飲み込んでこれまでやってきたけど、 東京オリンピックを巡るあれこれに関しては、もうリミッターを超えてしまった感覚がちょっとある。 日々流れるニュースに対して、「言いたくなる」だけじゃ抑えられ

            オリンピックのために徹夜で働いた僕が

            僕はスポーツ観戦が大好きだ。 プロ野球、MLB、海外サッカー、アメフト、テニス、箱根駅伝。 ひいきの選手やチームがいなくても、 とにかく気になる試合は出来るだけ見逃さないようにしている。 もちろん、オリンピックもめちゃくちゃ好き。 開会式と閉会式は録画して何度も見るし、 注目してる競技は明け方だろうがちゃんと見ます。 もちろん日本がメダルを取って欲しいけど、 いろんな国の選手がガチで戦ってるのが好きだ。 東京オリンピックが決まった時はすごく嬉しかったし、 今でも、本当にう

            『BLUE GIANT』は嫉妬させない

            小学生の頃、僕は少年野球チームに入っていて、 野球マンガの『MAJOR』が大好きだった。 大好きだったんだけど、主人公・茂野五郎のことはあまり好きじゃなかったというか、 嫉妬のようなものをずっと持っていた。 だって、五郎は父親がプロ野球選手で、 幼稚園生のころから才能があって、才能に裏打ちされた自信があった。 五郎はリトルリーグ、中学、高校と各時代でライバルを圧倒して、 そして勝ち進んでいった。 僕は茂野五郎に限らず、 昔からマンガの登場人物に嫉妬してしまうことがあって、

            小沢健二のこと(光る海と宇宙)

            ブログやSNSの投稿、大学のレポート、 ちょっと気取りたくなる会話の場面。 そんな、ちょっとした考察みたいなものが求められる場で 「手を出さない方がいいテーマ」がなんとなく僕のなかにはある。 例えば、エヴァ。 いろんな頭のいい人がいろんな方面から語り尽くしていて、 今さら僕が言えることはないなあ、なんて思う。 ちょっと気分よく「LCLはさぁ…」なんて口をついたときには、 恥ずかしくなって話題をひっこめる。 あとは村上春樹。 何か言いたくになると、お前に何がわかる! とセル

            死ぬまで7つのことばしか使えないとしたら (聞き手:べっくやちひろ)

            7月28日、僕は32歳になりました。 そこで7月の上旬ごろ、誕生日特権を利用して、 「プレゼントに、僕の自己紹介になるようなインタビューしてほしい!」 と、ほぼ日の塾の同期である、 べっくやちひろさんにお願いしてみました。 べっくやさんは、DRESSというWebメディアの編集者さんです。 (https://p-dress.jp/) 編集という仕事に熱意と誇りを持っていて、 いつも一生懸命、少しでもいいものを作ろうとがんばっている、 パワフルで繊細な、ちょっとすごい人です。

            「その場で立ち止まっているように見える」から、また始まるために。

            ここ数週間、引っ越しやらの新生活の準備でバタバタしていて、 やっと落ち着いた。 6年半の一人暮らし生活を終えた。 先々の楽しい予定も決まってきている。 インターネットも開通した(やっと家でPCからnoteに接続できる)。 順調で、前向きだ。 前向きなのに、 外からみた僕は、停滞しているだろうと思う。 今日は、そんな停滞のことを書きたいと思う。 仕事の話になるのだけど、 前職の営業時代、「働いている感」を実感するのは簡単だった。 数字、売り上げ、ノルマ。 そんな言葉が毎日僕

            編集者になる まとめ(1〜11)

            広告制作会社で営業をしていた僕が編集者になるまでの道のりを、 これまでの人生を振り返りながら書きました。

            編集者になる その11(終)

            今日、社内の人事部に行ったときに 「営業部の金沢です。」 と、間違えて名乗ってしまった。 そうか、まだ体に馴染んでないけど、 もう僕は編集の人なんだなあと、改めて思った。 「仕事はなんですか?」と聞かれたら、 「編集をしています」と答える。 書類とか契約書の職業の欄では、 「企画・編集」みたいな項目にマルをする。 そんなことのひとつひとつに、まだちょっと浮かれてしまう。 でも、ふと思う。 欲しかったのは肩書きじゃなくて、 編集に充てる自分の時間とか、編集に向かう自分の在り

            編集者になる その10

            31歳の異業種への転職は予想通り厳しかったけど、 それでも、転職活動は楽しかった。 活動は転職エージェントを通して行った。 エージェントがおススメしてくれた求人、 または、自分で求人を検索して応募する。 新卒採用のように、会社毎にエントリーシートを書くことはなく、 エントリーすると、 事前にエージェントに登録した履歴書と職務経歴書が志望会社に送られて、 合否が、つまり面接に進めるかどうかの連絡が届く。 職務経歴書には、新卒で入った会社のプロデューサーのことよりも、 ライタ

            編集者になる その9

            「転職する」というのは決まった。 じゃあ、具体的に何者になるのかって考えたとき、 「ライター」ではなく「編集者」だなと、最初から思っていた。 フリーになるつもりはなくて、 ライターの社員募集を行っている企業はほとんどないというのもあったけど、でも、僕はライターよりも編集者のほうが向いていると、 これはかなりハッキリと自覚していた。 これまでに人生を振り返ってみると 音楽ライターの世界に足を踏み入れたとき、 「僕はこの人たちほど音楽が好きではない」とちょっと絶望した。 大

            編集者になる その8

            人生の長い時間、 僕は書くことに関しては、ずっと孤高で、独壇場みたいなものだった。 大学生でお金をもらってライターをやっている人は周りにいなかったし、 好んで作文や長いレポートを書いているような物好きも 僕が知ってる限りでは僕だけだった。 比較対象は常に過去の自分しかいなくて、 「あの頃に比べると上手くなったよな」みたいな自己満足に浸たる、 ただの蛙だった。 だけど、2017年9月、「ほぼ日の塾」に通ったことで 自己満足の世界から、もうどうしようもなく引っ張り出されること

            編集者になる その7

            新卒で入社した会社は、広告の制作会社だった。 100人以上のデザイナー、コピーライター、プランナー等の クリエイターがたくさん所属していて、 広告グラフィックやWEBサイトやムービーなんかを制作していた。 ちなみに制作会社の規模としてはアジア最大らしい。(ほんとか?笑) 就職活動のとき、 僕は「いちばん好きなことを仕事にしない」と決めていた。 理由は2つあって、 まず1つ目は、好きな会社や、好きな作品を出している会社を受けて、 落ちて、会社や作品を嫌いになることが怖かっ

            編集者になる その6

            rockin' onでレビューを書く経験を積むにつれて、 「音楽ライター」としてのキャリアを考えるようになった。 大学5年〜大学院1年ぐらいのことだったと思う。 rockin' on以外の音楽ライティングの世界も知りたいと考えた僕は、 岡村詩野さんの音楽ライター講座に通うことにした。 岡村詩野さんの教えは、とてもシンプルだったと思う。 音楽を聴き、音楽を知り、それをまっすぐに、過不足なく言葉にすること。 自分自身を登場させる、エッセイ的なロッキングオンのアプローチとは、