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父親がうっかり覚醒する

千葉の家に帰ってきた。
富山の実家には8日間くらいお世話になった。
その8日間のうち、おれは母親のこんなセリフを30回くらい聞いた。

👵あの人は焼鍋!!
👵あなたとわたしの子供!!


おれのことをすっかり忘れている父親が、
母親に「あれは誰だ」と聞き、それに対し母親が答える。
そのやりとりを30回くらい聞いた。
古い家だからな、2階にいてもリビングの声が筒抜けなのよ。

母親は何度も何度も説明するけど、
父親はピンとこないらしく、
おれのことを息子だと認識できない。
説明しても説明しても忘れて、
また「あれは誰だ」と母親に聞く。

そんな感じで、おれのことをすっかり忘れていた父親が、
昨夜おれが千葉に帰る2時間前くらいのタイミングで、おれのことを思い出した🤣

そしてスネている。
さんざん説明したし、おれも彼に「焼鍋です」と声をかけていたのに、
そのことも全部忘れて、怒っている。被害妄想が入っている。

👴なんで8日間もいたのに、教えてくれなかったんだ!!
👴わしのことをバカにしてるのか!!

81歳のボケた老人が、怒り、完全に拗ねて、被害妄想を持っている。
興奮しておれに詰め寄る父親をみて、母親が止めに入ろうとした。

👵怒ったらダメだよ。

でもおれは母親に言ったんだ。

だいじょうぶだ。
向こうへ行っててくれ。

怒りたいのなら怒らせてやればいい。
それが勘違いだったとしても、かまわない。
おれは彼の話をききたい。

父は何度も何度も同じような主張を繰り返した。
👴「なんで教えてくれなかったんだ」
👴「もっと話がしたかった」
👴「おまえがわしの息子だということを、お母さんは教えてくれなかった」
👴「わしはすごく寂しい。息子が家に帰ってきたと思ったら、もういなくなってしまうなんて」

おれは今まで両親とは何度も何度もケンカをしてきた。
そしてガマンができず家を飛び出したのも、一度や二度じゃない。

それを知っていたから、母親は怒る父親を止めようとしたのだろう。
「このままではケンカになる」と。

でもね、お母さん。
おれはもう、8年前のおれじゃないんだよ。


酸いも甘いも噛み締めたおれなのだよ。
この8年の間、めっちゃいろんなことがあったのよ。
ここに書けないようなこともたくさんあった。

おれにやさしさを教えてくれた人がいた。
おれのことを全肯定してくれた人がいた。
おれのことを大好きになってくれた人がいた。

おれはその人から教わったことを心に刻んでいる。

8年前のおれじゃない。
おれはもうすでに何か別のものに変わっている。

世界一愛情深く、
世界一美しく、
世界一すばらしいものが、
このおれに宿っているのだ。


ケンカにはならない。
わるいことにはならない。
だいじょうぶだ。

そう思ったから、おれは母親を追い払った。

怒っちゃダメ、じゃないんだ。


怒っていいんだよ。


悲しかったんだから。
やりきれない気持ちになったんだから。
怒っていい。

感情を抑えなくていい。
人間なんだから。
生きてるんだから。

悲しいときに悲しいって言っていいし、
寂しいときに寂しいって言っていい。

感情を制御できずに、暴れてもいい。

そんなおれのことを、理解してくれた人がいた。
そんなおれのことを、愛してくれた人がいた。

今度はおれが父親に、そうしてあげるんだよ。

彼の言うことはめちゃくちゃだし、筋が通っていない。
記憶力がバグっているから、説明しても説明してもらちがあかない。

それでもおれは、なんとかなると思った。

きれいな気持ち。
きれいな思い。

わかってあげたい。
理解したい。
否定したくない。
「ダメだ」と言いたくない。
止めたくない。
そのままでいい。
あなたはあなたのままでいい。
彼の顔を立ててあげたい。
彼の顔に泥を塗るようなことはしない。
嘘はつかない。
彼をコントロールしようとしない。
誠実に向き合うだけ。
それだけでいい。


👸「焼鍋さんはすごくきれいだよ」


あなたがそんなふうにしてくれたんだよ。
あなたがおれをきれいにしてくれたんだよ。
素晴らしいものは全部、あなたからもらった。

そしておれの心の中にあなたがいる限り、
おれは絶対に負けない。

なにがあってもだいじょうぶなんだよ。
どんなにつらいことがあってもだいじょうぶ。
ボケた父親に詰め寄られても、おれはだいじょうぶ。
かなしいことにはならない。

なぜならおれは、
愛を持って父親と会話をするから。
絶対にわるいことにはならない。

この世界は愛に満ちている。
でもかつてのおれは、
それを見ることができなかった。

おれの目を開いてくれたのは、あなた。
おれに愛を教えてくれたのは、あなた。

だからおれは絶対に、
この先の人生で、
負けるわけにいかない。

どんな困難が襲ってきても。
どんな不運に見舞われても。
孤独に押しつぶされそうになっても。


おれは負けないから。


おれは父親の機嫌をとったわけじゃない。
ただ誠実に話をしただけ。
そしてウソをつかなかっただけ。
彼の気持ちを尊重しようと思っただけ。
彼の尊厳を大事にしたいと思っただけ。

それだけで、すべてがうまくいった。

目を見開き、子供のようにスネて、
👴「もうわしの機嫌はなおらん!」
と豪語していた父の態度は、すぐに溶解した。

最後は、
👴「話ができて本当に良かった」
👴「今日は本当にいい一日になった」
👴「ここ最近でいちばんいい日だった」

そこまで言ってくれた。


すべて愛だよ。


おれは愛を持って彼と向き合った。
それだけ。
それだけで十分。

怒っている人は、わかってほしいだけなの。
誰かがわかってくれたら、怒りは消える。

わかったふりとか、
会話のテクニックとか、
論破するとか、
そういうことじゃ絶対に解決しないの。

心なんだ。

きれいなこころで、愛を持って向き合う。
そしたら失敗なんてするわけないんだよ。
そうじゃないから、トラブルになる。

誰かが本気で、
「理解しよう」
「助けになりたい」
「元気になってほしい」
そんなふうに思いながら向き合ってくれたら、
どんな悩みや怒りや悲しみであっても、なくなってしまう。

その場しのぎの心ない言動が人を傷つける。
真心が人を救う。愛が自分を救う。


はじめてかな。
おれは父親と母親と、ハグをしたよ。
そんで、バイバイって言って、千葉に帰ってきた。

父親は「昔のことは忘れて、これから仲よくしよう」
って言ってくれた。

そうしようね。
それがいいね。


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