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義務感と罪悪感

元家族が家を出て行ってまだ24時間もたってないけど、
いろいろ自分の気持ちが変わってきた。

昨日はすごくさびしかった。

みんながいなくなって、ガラーンとした家の中をあてもなくウロウロと歩き回ってみた。
長男の部屋に入り、「ああ、あいつはここで楽しく暮らしていたのに、おれが台無しにしちゃったんだな」と思い、思わず「ごめんね」とつぶやいてみたりもした。

でもそんな昨日も、
はるか昔の出来事のように感じている自分がいる。

おれは冷たいのか。
サイコパスなのか。
切り替えが早すぎるのか。


いや、そんなふうに自分をわるくおもう必要なんかないよ。


すごくつらい出来事があったら、
そこからなるはやで遠ざかろうとするのは人間の防衛本能だとおもう。
それが正しく働いているのだから、それはむしろいいことだと思う。


おれ思ったんだ。
義務感と罪悪感について。
おれは元家族のみんなに、義務感と罪悪感を持っていた。

離婚したけど、家族だったのだから、みんなに良くしてあげなければ。
離婚してごめんね。こんなことになってごめんね。一緒に住めなくてごめんね。良くしてあげられなくてごめんね。

こんな気持ちをずっと持ち続けてきた。

でも気づいた。
元妻も、子供たちも、おれに対してそんなこと、全く思ってないと。

彼らはおれに対し、「しあわせにしてあげよう」なんて全く思ってない。
彼らはおれに対し、「ごめんね」なんて全く思ってない。

彼らには義務感と罪悪感が全くない。
ゼロだ。

彼らを責めているわけではない。
むしろその逆だ。

世の中に正しいも間違いもないかもしれないけど、
でもこれに関しては彼らの生き方が正解だと思う。

おれの考え方は重いし、つらい。
義務感や罪悪感を持ちながら人生を生きていくことは、とてもつらい。

そんなつらい人生を、なぜ送らなければいけないのか。

義務感で自分を苦しめる。
罪悪感で自分を苦しめる。

そんなことしてなんになるの。

元妻も、子供たちも、そんなことしてないよ?
ゲンドウ、おまえだけだよ?

自分で自分を殴っているのは。


離婚なんて、ありふれた話だよ。
家族がバラバラになるなんて、世界中のどこででも起きてることだよ。

自分のことを責めている人もいると思うけど、
そうじゃない人もいる。

いつまでも過去を振り返り、
終わった関係にいつまでも執着している人もいる。
いまのおれみたいに。

でもそうじゃない人もいる。

「よくあることさ」
「お互い精一杯がんばった」
「それでもダメだったのならしょうがないじゃないか」
「それぞれの人生に向き合おう」

そんなふうに考えて、自分のことも相手のことも、責めない人もいる。

元妻も、子供たちも、そういう感じの人たちだった。

彼らには義務感と罪悪感がない。
「~するべきだ」「~しなければならない」
そんな言葉を自分や他人に投げかけ、人を苦しめることがない。
自分や他人を責めることがない。

おれもそういう人になったらいいと思う。


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