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辻村七子『宝石商リチャード氏の謎鑑定』

綺麗なものや美しいものというものには、往々にして人を惹き付ける何かがあるものであるらしい。
それは、景色であったり美術品であったり宝石であったり、時に人であったりする。そうしてそういった美しいものを、人は強欲にも、なんとしてでも欲する傾向にあるらしい。

『宝石商リチャード氏の謎鑑定』

『宝石商リチャード氏の謎鑑定』は、そんな人を惹きつけてやまない美貌の宝石商リチャード・ラナシンハ・ドヴルピアンが、日本で出会った平凡な大学生の中田正義とともに、彼らの元を訪れるお客様たちの抱える謎や問題を解き明かしていく物語だ。

物語は、泥酔者に絡まれているリチャード氏を偶然その場に居合わせた正義が助けたところから始まる。その時初対面だった二人は、リチャード氏が宝石商であったために、また正義がとある宝石を持て余していたために、不思議な縁を結ぶこととなる。
彼らの出会いこそがこの物語の鍵であり、二人の人生を大きく変えていくものであった。

宝石

この物語の魅力は、美しい言葉遣い宝石に秘められた深い教養、そして人と人との縁を描くストーリーにある、と私は思っている。

リチャード氏は言語オタクとも呼ぶべき人物であり、非常に美しい日本語を流暢に操る。また、語り手である正義も、物事の受け止めにおいて繊細な感性の持ち主として描かれている。
そのため、地の文においても会話文中においても、とても美しい言葉選びで文章が紡がれていく。作中においてお約束ともいえる正義のリチャード氏への讃美の言葉などは、どんな人生を送ればそのような褒め言葉が出てくるのか、と言いたくなるほど素敵だ。

また、タイトルにあるように、宝石にまつわる様々な知識が散りばめられたこの作品は、ただ読むだけでも相当の雑学や教養を知ることができる
宝石の名前やその由来、硬度や大きさ、加工などの実用的な知識に加え、宝石が用いられてきた歴史やそこに込められた意味、そして宝石と直接には関係のないものまで、あらゆる教養が物語にさり気なく組み込まれている。
読み終えた後には、きっと貴方も宝石が欲しくなっているだろう。私も、鉱物の博覧会に行ってみたくなった

美しさと孤独

リチャード氏は、幼い頃から美しい子供であった。その美しさゆえに周囲からは羨望を、嫉妬を、時に醜い欲望を向けられて生きてきた。それでも、彼の周りには美醜や損得抜きに彼を愛してくれる家族がいたが、彼は出自や環境や両親にも恵まれたとは言えなかった。
リチャード氏は賢く、心優しい人であったがゆえに一人孤独に生きることを選んだ

そんな彼の孤独な世界に、不意に現れたのが正義だった。正義もまた、家庭環境に恵まれなかった。二人の抱える悲しみや孤独は不思議と共鳴し、唯一無二の関係性として二人の絆を作っていった。

リチャード氏は、自分の美しさを誰よりもわかっていて、誰よりも嫌っていた。その苦悩を無意識のうちに出る心からの褒め言葉で解きほぐし、肯定したのが正義であった。
正義は「美」というものに対して純粋に向き合うことのできる人だ。欲望も羨望も持つことなく、ただ美しいものを美しいと受け止め、称賛することができる。そして、リチャード氏も本来は正義と同じく「美」を純粋に見られる人である。
そんな正義だからこそリチャード氏は心を許し、自分の美しさを受け止められるようになったのだろう。

私は、彼らの関係性を美しいと思う。師弟愛という言葉には収まらず、恋愛でも、ましてや家族愛でもない。相手のためなら何でもできるというほどに互いを深く愛しているが、それは恋愛という形では描かれていない。
こうした関係性を美しいものとしてただ受け止め、純粋に称賛することが、彼らの在り方に憧れる人間としては正解なのかもしれない、などと思う。

公演/劇団情報

劇団いちいち
Twitter:https://twitter.com/gekidan_11
note:https://note.com/gekidan11
Mail:theater111999@gmail.com
※お問い合わせやご依頼は各SNSのDMまたはメールまでお願い致します。

2022年3月公演
劇団いちいち『吐息のおもかげ』
脚本・演出:豊田莉子
出演:海国りん/UMA/安田凌/谷川舞

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編集後記

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読書感想文、難しい。
読書感想文と名のつく文章を書いたのは8年ぶりくらいです。
愛すべき団員たちと作るnoteを少しでも彩ることができていれば幸いです。

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