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【惜別】

ある時、知り合いの葬儀のお手伝いをすることになった。

その知り合いというのは60歳前の男性で、ひとり息子さんがいるのだが、その息子さんが32歳という若さで亡くなったのだ。

若くして結婚した彼に、やがてその息子さんが生まれたのだが、生まれた子は身体障碍児だった。

ところが、子供が生まれて間も無い頃、奥さんは我が子を捨てて離婚。彼は男手ひとつでその息子さんを育ててきたのである。しかし今回、病が悪化して、残念ながら亡くなってしまったのだ。

取り乱す中、彼は葬儀の日取りを決めなければならないのだが、どうしても葬祭社との日程が合わなくて、亡くなってから1週間後に葬儀を出すことになったのである。

葬儀は、夏の日差しが照り返す暑い日であった。

家族葬ということで、参列者はほんの数人であった。離婚した母親を呼んだのか呼ばなかったのかは知らないが、母親の姿はついに見えることがなかったのである。

只ひとりの、息子という家族を失った彼の悲しみは計り知れず、告別式中、場内には彼の激しい嗚咽がずっと聴こえていた。

・・・・・・・

告別式が終り、柩の中に花を捧げると、柩を乗せたクルマは斎場へと出発した。

・・・・・・・

斎場に到着し、最後の葬送の儀式が終ると、いよいよ柩を火葬炉に入れなければならない。

父親の彼は火葬炉に入れることをなかなか承諾出来ないでいる。

もう一度柩の蓋を開けて貰った彼は、夏場の暑さと1週間の時間が経ったことから、青緑色に傷んで臭いもキツくなった息子さんの顔に頬擦りし、泣きながら語りかけるのである。

「●●●❗️今までありがとう❗️父さん●●●にはなんにもしてやれなかったなぁ❗️ごめんな、ごめんな❗️許してくれよな❗️父さんも●●●と一緒に逝こうとしたんだけどなぁ・・それじゃ●●●が悲しむと思ってさぁ・・だから、父さん、ひとりでも頑張るからな❗️頑張るからな❗️それまで待っていてくれよ❗️・・●●●❗️生まれてきてくれてありがとう❗️父さん、●●●と一緒で楽しかったぞ❗️ありがとう、ありがとう・・・」

沈痛極まりない空気の会場に親族のひとりから声が掛かった。

「■■❗️しっかりしろ❗️」

「・・・はい❗️」

息子さんの遺体との別れに意を決した彼は、柩を火葬炉に入れることを承諾した。

やがて柩はゆっくりと火葬炉の中に入っていくと、静かに扉が閉じられたのであった。

直立して息子さんを見送る彼は、もう泣いてはいなかった。


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