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徒然なるままに68『好きなものは好きを貫きたい』

先日、デザインに一目惚れして注文した『familiar for ANA』の巾着が届いた。

『familiar for ANA』の巾着1

かわいい。

『familiar for ANA』の巾着2

ひたすらにかわいい。
キャラクターもかわいいが、ストーリーテリングがありそうな構図がとてもいい。

はっきり言わなくても低学年向けのデザインではあるのだが、こういうデザインは今も惹かれるものがある。

大人になるとこういうデザインは好みではなくなり、おもちゃも遊ばなくなり、アニメも見ないし、ゲームもしなくなる……なんて思っていたが、そんなことはなかった。
未だにこういうデザインは好きだし、おもちゃの広告もワクワクするし、なんならスーパーのお菓子コーナーすら見ることがある。
自分は大人になっても子供の頃からの嗜好は変わっていないようだ。
強いて言えることは、大人になってしまうと「子供が好きそうなデザインやおもちゃ類に惹かれるのっておかしくない?」みたいな圧力を感じることはあり、表立って好きなものを言えなくなってしまう。
好きなものを抑え込むのはなかなか酷である。

自分が世間と嗜好がズレているのかなと感じていたのは中学時代。
周りは週刊少年ジャンプを読み始めていたが、自分はコロコロコミックを読んでいた。
当たり前のように「うわー、まだコロコロコミック読んでるのかよ」とバカにされることもあり、表立ってコロコロコミックを読んでいるとは言えなくなった。
そして中学に入ってもポケモンやデジモンが好きだったのだが、やはりコロコロコミックと同じように小学生向けのコンテンツとして中学生以降は嗜むのは恥ずかしいみたいな圧も感じていた。
よって、食玩やカード等々のグッズ類は同級生などに見つからないようにしながら買っていたことを思い出す。
今でこそ大人が『ポケモンだいすき!』と言っても恥ずかしくないのは、そんな隠れキリシタンの如く、嗜むハードルが高い時代を耐え生き抜いてきた大人たちが時代を変えたからだと感じる。

その後どのように成長していったかというと、結局はネットで似たような人がいることに気づき、歳を重ねるごとに人の目を気にすることも馬鹿らしくなり、次第に『自分の好き』に対して素直になっていったという感じである。



好きなものを好きと言える世界も多様性の一種ではないだろうか。
好きなものに囲まれる暮らしは良い、自分の部屋だけは好きなものに囲まれて素直になれる。
しかし、好きなものだらけで物が溢れかえっているのも事実。
いるものいらないもの、今日も取捨選択は続く。
結局、今年の抱負につながってしまうのだ。
今日はこの辺で。


ギアでした。゜ω゜)ノ

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