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チャットモンチーの完結は青春の終わり

高校生くらいの頃、周りの女子にチャットモンチーファンが多かった。だからつられて私も聴いた。
でも当時少なくともJ-POPのメインストリームにガールズバンドはいなかったから、感度高い子というか、ちょっとおしゃれな子が好きになる音楽って感じがして私は“好き”って言ったことはなかった。
それ故自分からCDを買ったりしたことはなく友達から借りただけだし、好きな曲以外は聴かなかったし、学生時代が過ぎていつしかあんまり聴かなくなっていた。

そんなチャットモンチーが先日解散宣言をした。その最後の解散ライブ?フェス?には我らがスピッツさんも出演が決まっていて、「青春を彩ってくれたチャットモンチーの終わりだしスピッツも出るのか…いやでも徳島はむりだな」とあっさり抽選申込は断念した。
結果的には、レポとか読んでたらやはり本当に最後の公演、こんな生半可な気持ちの人間が行くよりずっとチャットモンチーを応援してきた人が行くべきだと思ったし、だからこそ、めちゃくちゃ観たかったなと思った。

というのも、先日こんなレポを読んでしまったから。

http://rocknrollisnotdead.blog.fc2.com/blog-entry-524.html?sp

応援してたわけでも、彼女らの音楽にどっぷりはまってたわけでもないのに、読んでてもう涙堪えるのが辛いくらいだった。

高校生だった私がこうしておばさんに足を踏み入れるまで、ずっと自分たちの音楽を続けてきたチャットモンチー。私たち世代には懐かしく、また新しく青春に突入してきた若い子たちには、その度に寄り添い愛され続けてきたんだろうな。

ファンじゃない私でも、こんな恋愛してた時に聴いたとか、この歌は一時期カラオケで歌ったとか、この歌詞が好きだったとかいろいろある。解散と言われるまで、このレポを見るまで全然意識してなかったし、このまま続いていたら私がこうして思春期の自分に、このバンドにこんなにも想いを馳せることもなかったと思う。

青春時代がいつ明確に終わった、とか、この日から自分は大人になった、とかってないけど、チャットモンチーが“完結”したと言われると、ああ、そうか、私の若かった日々は終わっていたんだ、って唐突に思い知らされた。
すごく納得がいくんだけど、どこかぽっかり穴が空いたような。

チャットモンチー、好きになってる人生もきっとあっただろうな、と思う。サウンドや歌詞も好きだし、世代的にも。でも解散してしまった今、ファンじゃなくてよかった、とやっぱり思う。だって好きなアーティストがもう新譜も出さず人前にも出てこなくなるこれからの人生辛いもん。だけど反面、だからこそ、活動を細々とでも続けてくれるアーティストというのは、全然当たり前じゃないしすごく有り難いことだよなって思う。

私が今までに本当に好きになって、好きな間に活動されなくなってしまったアーティストはたったひとり、ZARDの坂井泉水さんです。活動“できなくなってしまった”が正しいかもしれないけど。あの時の気持ちは言葉にしづらい。それはまたいつか機会があれば。

チャットモンチーのおふたり、いやお三方かな。長い間お疲れ様でした。青春の日々をありがとう。これからの彼女たちの人生が、これまでとは違うキラキラで満たされますように。

そして、スピッツが長く長く、四人で音楽を続けてくれますように、と切に想う。

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