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僕がタバコをやめない理由

高校生の頃の自分に呪いをかけられている。
それは大人になれない呪いであり、タバコをやめられない呪いでもある。

初めてタバコを吸ったときのことをよく覚えている。大学受験を控えた年末年始、僕は四国にある父方の祖父母の家に来ていた。祖父は医者だった。だからというわけではないが、僕も医学部を志望していた。だけど本当は医者になりたいという気持ちはこれっぽっちもなかったし、どうせ合格できないこともわかっていた。やりたいことが何もないから、とりあえず医学部志望とだけ言っておいて全く勉強はしていなかったのだった。生まれて初めて自分の未来像が一切見えないことに戸惑いを覚えていた。

受験生になってから、勉強から逃避するかのように本ばかり読んだ。ちょうど筒井康隆にはまり始めた頃だった。『問題外科』を読んだ時の衝撃はすごかった。ブラックユーモアで世界を斜めに見ている感じに僕はひたすら惹き込まれて傾倒していった。

筒井康隆の小説やエッセイにはたびたびタバコが出てくる。著者自身も相当なヘビースモーカーで、愛煙家を自称している。かの有名な『最後の喫煙者』を読んだのも受験前のこの頃だった。当時の僕は「文学」というものがなんなのかよくわからないまま憧れを抱いていた。そしてそれはそのまま『タバコ』への憧れになった。昔の文豪は皆タバコを吸っていた。

僕は年の瀬のある夜、祖父母や家族が寝静まってからこっそりコンビニへ出かけて行き、ゴールデンバットを買った。ゴールデンバットは今年ついに生産が終わってしまったが、現存する中で最も歴史ある日本のタバコだった。当時は両切りで210円だった。タールは18mgと重く、初めて吸うタバコには向かないのもわかっていたけれど、坂口安吾や芥川龍之介が好んだ煙草を喫うことに意味があった。

そのあと祖父の家の二階のベランダで初めてタバコに火を点けたときのことをよく覚えている。寒くてタバコを吸う前から煙のような白い息が出ていた。深夜で、僕が住んでいる地域よりも星がたくさん見えた。息を吸い込みながら火をつけるのだということは『ろくでなしブルース』を読んで知っていた。

咽せないようにゆっくり煙を吸い込みながら、「大人になりたくないなあ」と考えていた。僕の中で尊敬できる大人は筒井康隆だけだった。他の大人はみんな欺瞞で、最後の一人になるまで迫害されても煙草を吸い続ける筒井康隆だけが僕の世界で輝いていた。僕はタバコを吸いながら、「死ぬまでタバコを吸おう」と心に誓ったのだった。

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