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募金

私の住んでいる町が〈住みにくい町ランキング〉で1位に選ばれてしまった。聞いたことのない出版社が主催しているうさん臭いランキングだからと気にしないように努めたが、気にはなる。ネットに出回っている記事を読んだところ、住民の声を集めて反映したランキングではなく、ライターの独断で決められたもののようだった。

住んでない奴にこの町のなにがわかるんだ、と言ってやりたい気持ちはあったが、残念なことに私の町は実際住みにくい。

町中ほとんどの道路は幅が車一台やっと分くらいしかないのに、車通りは多いときている。歩道は道路脇に白線を引いて区分しただけの簡素なもので、かなり狭い。なので、常に後ろから金属塊が突っ込んでくる気配に怯えながら、できるだけ身体が道の中央側にはみ出さないよう斜めになって歩くことになる。車が1台駐車場に出入りするだけでプチ渋滞になるし、電気自動車は前方の歩行者に気づいてもらえないのでしばしば事故を起こす。住んでみてくれればすぐにわかると思うが、ここで暮らしていると外に出るのが日に日に億劫になってくる。

この町の唯一開けた場所は駅前広場くらいだ。しかし、そこも居心地は決してよくない。人の往来のある広場的な場所がそこしかないので、常になにかしら集会や募金活動が行われていて、叫びに近い集団の呼びかけが響いているのだ。

そんな狭苦しい環境で生活しているせいか、住民の心はどこか余裕がない。駅前広場の募金箱にお金が入るところを見たことがないし、チラシやポケットティッシュも決して受け取られない。わざわざ募金活動の列に突っ込んで突破しようとする人もいる。

このように、私の町は住みにくかった。しかし、嘆いてもしかたがない。ここはそういう町なのだ。

私は最初ランキングにムッとしたが、改めて気がつく機会を与えてくれたことに感謝した。住民ひとりひとりが変わることで、町をより良くしていかなくてはならない。道が狭いとか、そういうところはすぐには変わらないだろうが、すれ違う人同士が挨拶をするとか、配っているチラシをもらう心の余裕を意識するとかそういうことはすぐにでも実践できる。まずは、私ひとりからでも、動き出すのが大切ではないだろうか。なぜかわからないが突然湧いた愛町心は、私を奮い立たせた。

他の人にも行動が伝播することを期待し、まずは目に見える行動を意識して行おう。私は、駅前広場を通りかかるときには、できるだけ募金に協力することにした。

愛町心に動かされているだけであって、決して慈善の気持ちをもって募金するわけではないので、お金の使い道は確認しないようにした。むしろ、信念もないのに内容によって協力するしないを選り分ける傲慢な自分が現れてしまうのが怖かったこともあり、知らぬよう努めた。

募金活動をしている人たちの「よろしくお願いします!」という声は、遠くまで届くよう鋭い発音になりがちだ。協力せずに横を通り過ぎるとき、あの声はなんだかこちらを責めているように聞こえるときがある。ところが、募金箱にお金を投入すると、あの声が勢いそのまま、感謝に変わって自分ひとりに向けられる。最初は面食らったが、慣れてくると、自分の存在すべてを認めてもらえているような感じがして、募金すると元気が湧く人間になってしまった。愛町心と、募金の喜びへの欲求の二人三脚で、私の募金協力は額も頻度もエスカレートしていった。

私が通りすぎるとき、駅前広場には「よろしくお願いします!」だけでなく「ありがとうございます!」も響いた。それは、周囲の人の心も刺激したようで、だんだん募金をする人が増えていった。半年が経つと、駅前広場から「よろしくお願いします!」の声は消えた。お礼を発するので忙しく、通り過ぎる人にかまっているひまがなくなったのだ。

ある日の夕暮れ時、いつものように一万円札を入れると、募金箱を持ったいつもの青年が話しかけてきた。
「いつもありがとうございます。おかげさまで、今日で目標金額達成しました」
「へえ、それはなにより」
「これで早速」
青年がお金の使い道を口走ろうとしたので、私は慌てて遮る。
「ああ、がんばりなさい。お金は自由に使ったらいい。君の個人的な貯金だったとしても、私は文句言いませんよ。では、これで」

広場を離れるとき、後ろから、いつもより大きな青年の声が飛んできた。
「ありがとうございます! 住みにくい町って聞いてましたけど、いい人もいるんですね!」

翌日は、とても気持ちよく目が覚めた。なにに使うのかはわからないが、あのお金で青年たちは自己資金だけでは成し遂げられない大きなことをやるのだろう。立派なことじゃないか。彼らのような立派な人たちに大きなことをやってもらうために、私は今日もちまちま働き募金用のお金を稼ぐのだ。

元気に部屋を出ると、町がほとんど更地になっていた。狭い道路はなくなり、走る車もない。建物もまばらに残っているだけで、私のアパートも隣室から先が崩れ去っていた。

駅前広場、と思われる場所に行くと昨日の青年がいた。青年はこちらに気がつき、手を振った。
「よかった、生きていらっしゃった。やっぱり、良い行いをする人は救われるんですね。おかげさまで、一夜にして住みにくい町をひとつ消し去ることができましたよ!」

私が愛町心に動かされて毎日協力していたのは、愛する我が町を破壊するための募金だったのだ……。

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