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ゼンマイ仕掛けの夢

『……東京でも桜の開花が確認され、今年は例年に比べて……』


寝癖が視界に揺れる朝。朝食を取りながら眺めるテレビでは見慣れた女性アナウンサーが桜の開花を伝えている。

ふと顔を上げて見た窓の外の桜の木はまだ蕾が膨らんでいるだけだった。


あと10分で大学の講義が始まる。今すぐにでも家を出れば間に合うのに、僕はまだコーヒーカップに口をつけていた。

1年前に胸で膨らんでいた期待は今はさらに押し込んだ胸の奥で萎んで歪な形になっていた。胸に大きな空間ができた僕は抜け殻だった。


東京のどこか、オシャレな街角で流行りのものを伝える流行りのモデルの声を遮るようにテレビを消して僕は体をベッドに投げ出した。


ゴトンッ……


ベッドが揺れたはずみで棚の上に置いてあったオルゴールが落ちてきた。落ちたはずみで開いたオルゴールは何も歌わなかった。

試しに巻いてみたゼンマイは苦しそうな音をあげるばかりでそれ以上歌ってはくれなかった。




『絶対に迎えに来てね』

そう言って笑った彼女に伸ばしたかった手を遮るように扉がしまった。


春の近づいたあの駅のホーム。彼女は涙をこらえるように笑っていた。

走り出した電車を追いかけながら彼女は僕に何かを言い続けた。僕はそんな彼女の姿を見て視界がぼやけだした。

しかし、無情にも駅のホームの端の柵が彼女の前に立ち塞がった。彼女はそこから遠ざかる僕に手を振り続けた。


その姿を見て涙が止まらなくなった僕の手には彼女から貰ったオルゴールがあった。



それから1年。季節は流れた。日々の流れの中で僕はだんだん変わってしまった。

将来を見据えていた目は見たくないものを見てしまって光が薄れ、地を踏みしめていたはずの足は力が抜けて思うように動かなくなってしまった。

彼女からは毎日のようにメールが届いた。

「元気ですか?」「大学はどうですか?」「友達とは上手くやってますか?」

スマホの液晶に並ぶ理想とそれを打ち込んでいる僕の現実の差に苦しくなり、だんだん返事を返さなくなった。

それでも変わらず送られてきていたメールもやがて届かなくなった。


その頃にはもうオルゴールは埃をかぶっていた。



彼女は元気にしているだろうか。彼氏とかもいるんだろうな。夢に向かって幸せなら嬉しいな。

僕の夢はもう壊れてしまった。ゼンマイが切れて光らなくなった



ゼンマイ仕掛けの夢。


〈完〉

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