男友達だから
カラン、カランッ……
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」
「あ、いえ。連れが……」
僕はそう言ってあたりを見渡した。時間も時間で客が少なかったから彼女はすぐに見つかった。
「……いました。ありがとうございます」
ウェイトレスのお姉さんに頭を下げて僕は彼女のテーブルに向かった。
「……よ。大丈夫?」
彼女は机に突っ伏して肩を震わせながらなにも答えない。
「まったく……いきなり電話なんかしてきて、電話口で泣きじゃくるから何かと思ったよ」
「…………っ…………っ」
「どうせここだろうと思ってきたけど、僕じゃなかったらわかんないよ?君がどこにいるかなんて」
彼女は何を言っても嗚咽をあげるばかりで何も答えなかった。
「なぁ、もう泣くなって」
僕はそう言って彼女の頭を撫でた。するとさっきのウェイトレスのお姉さんが近づいてきた。
「……ご注文はお決まりですか?」
「えっと、アイスコーヒーで」
「かしこまりました」
お姉さんは僕と突っ伏して嗚咽をあげる彼女を交互に眺めて怪訝そうな目付きで離れていった。
「……あの人きっと、僕が君を泣かせたと思ってるよ。勘弁して欲しいよ、まったく」
彼女は一瞬顔を上げかけて、また深く突っ伏した。
僕は小さくため息をついて、まだ怪訝そうな顔のお姉さんが持ってきたアイスコーヒーのストローを咥えた。
どれくらい時間が流れただろうか。
藍色の空が少し白くなり始めている。テーブルの上には僕が普段使わないフレッシュの残骸が散らかっている。
時間が経っても彼女はまだ泣いていた。何度か落ち着こうと深呼吸をしてみても、やっぱり涙が止まらなかったようだ。
そしてついさっき突然嗚咽が止まって、焦った僕が顔を覗き込むと彼女は小さな寝息を立てていた。
その勝手な寝顔に少し安堵して僕は明るくなり始めている空を眺めていた。
「…………ん」
「……お、起きたか?」
「あれ?なんでわたし……あ、そうか」
「そうか、じゃないよ。何言っても泣いて泣いて」
「うん、ごめん」
「早く電話しな、彼も落ち込んでるに決まってるから」
「え?話した?」
「何年幼なじみやってると思ってるんだよ。ほら、早く」
「う、うん」
彼女はテーブルの上にあったスマホを手に取って、ファミレスの外に出ていった。
僕もバカだな、と自分でも思う。ただの幼なじみの彼女が困っていればどこにいたってすぐに駆けつける。
きっと彼女は覚えてもいないだろうが、とても小さい頃に僕は彼女と約束した。
『僕はいつだって君の味方だよ!』
ヒーロー気取りでそう言った言葉が今でもまだ僕の心の奥にいて、彼女に何かあればこうやって落ち着くまで何も言わずにそばにいる。
ファミレスの入口で驚いたような表情を浮かべ、また泣きそうになり、そして笑顔になった彼女を見て僕は 少し安堵した。
「仲直り出来た?」
「うん、おかげさまで」
「じゃあ僕は帰るよ」
「え、一緒にいてよ」
「彼とふたりで話しな」
そう言って僕は2人分の会計を払ってファミレスを出た。
早朝の清々しい空を見上げて大きくあくびをした。
たかが幼なじみ、されど恋人以上に大切な存在。
僕がそんなことを考えているなんて彼女は知る由もないだろう。
だって彼女にとって僕は
男友達だから。
〈完〉
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