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音楽室に片思い

キュッ……キュキュッ……

リノリウムの床と上履きの擦れる音が人が少なくなった廊下に響いている。

僕は答え合わせをしていた赤ペンを置いて立ち上がり廊下に出た。

グラウンドからはまだ部活動に励む生徒のかけ声が聞こえてくる廊下を僕は奥へ奥へと歩いた。

廊下の角を曲がり、夕陽が差し込まない肌寒い廊下を抜けて渡り廊下に出ると音が聞こえ始めた。

ピアノの音だ。

いつもこの時間になると音楽室のピアノが響き始める。

僕は壁にもたれかかって目を閉じた。僕はこの時間を誰にも取られたくなかった。

5分ほど経っただろうか。突然ピアノの音が止まった。

「ねぇ」

中から突然呼ばれた。まさか、ここにいることが気付かれているとは思っていなかったから驚いた。

「いつもいるよね?」

「……」

その優しい声に僕は何も答えずに音楽室を後にした。誰が弾いているのか、知りたくはなかった。

ただこの時間に音楽室から流れるピアノの音に惚れていたから、会ってしまうとこの時間が無くなるような気がした。

僕は扉を開けると突然呼ばれた。

「あ!中村先生、どこ行ってたんですか?」

「すいません、ちょっとお手洗いに」

「これ、校長からです」

「ありがとうございます」

自分のデスクで校長から来た書類に目を通していると、職員室の扉が開いた。

「戻りました」

「谷本先生。うちの生徒が『音楽のテスト難しすぎる!』て嘆いてましたよ。どんな問題作ったんですか」

「それは……」

部活が終わり、いろんな先生が職員室に戻ってきて騒がしくなり始めた。

「中村先生。これ、ありがとうございました」

「もう丸つけ終わったんですか」

「おかげさまで。すいません、赤ペン借りちゃって」

「いえいえ。うちの生徒も嘆いてましたよ」

「そうですか。やっぱり難しすぎましたかねぇ」

「たまにはビシッとやっちゃうのもいいですよ」

「んー、でもまだ慣れないです。中村先生、教えてくださいよ」

「僕なんかで良ければ別に構いませんよ」

「ほんとですか!?では、今夜にでもお酒を飲みながらどうですか?」

「お、いいですね。テストも終わったことですし、いきますか」

嬉しそうに今にもスキップしだしそうな足取りで荷物を取りに行く彼女の後ろ姿を見て少し申し訳なくなった。

彼女が僕に好意があることはなんとなくわかっている。でも、今の僕はあのピアノが響く

音楽室に片思いをしている。

〈完〉

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